Rainy Promis

 
 その日は夕方から、雨が降り始め、夜には雨足が激しくなっていた。
「欝陶しい雨だな……」
 こんな雨の日は心まで重くなる。そんなことを考えながら家路に着くと、自宅のあるマンションの前に人影があった。
「え……?」
 見知ったおだんご頭の少女だと気付いたはるかは慌ててかけよった。
「何やってるんだよ、こんなに濡れて……」
 うさきは傘はさしていたが、こんなに土砂降りでは意味がない。思わず抱き寄せると、髪も服もしっとりと濡れている。
どれだけの時間、ここにいたのか。
「ごめんなさい。迷惑だった……?」
 か細い声。それにはいつもの元気の良さは感じられない。
「迷惑なら、帰るね……」
 そう告げて、はるかから離れようとするうさぎを慌ててひきとめる。
「駄目だよ、お姫様。風邪をひいたら、僕が怒られるし」
「怒られるって、まもちゃんに?」
「おだんご?」
 様子がおかしい。はるかはうさぎを強く抱き締める。
「前言撤回。僕が僕を許せないから」
 大事なお姫様だからね、と付け加えて。
「シャワーを浴びて、服が乾くまでは僕の部屋にいる! いいね?」
 半ば無理矢理に頷かせると、はるかはうさぎを自分の部屋に連れていった。
「ちゃんと暖まるんだよ」
 そう言い聞かせて、バスルームにうさぎを押し込んで、自分も着替えて。ようやく落ち着くと、はるかは溜息をつく。
うさぎの様子がどうしても気になる。いつだって、笑っていてほしいのに。思い当たる原因は一つしかない。
(なんで独りにするんだよ……。僕なら、さらってでも連れて行くのに……)
 今は日本にいないうさぎの王子様。深い絆で結ばれた恋人達を見るたびに諦めようと自分に言い聞かせているのに。
 頑張って見送っていた小さな背中。その儚さに胸が痛んだ。
 思考に捕われそうなはるかの耳に火に掛けていたやかんの湯が沸騰した音が聞こえる。
 火を止めて、紅茶をいれる。身体は暖まるが、心は冷えたまま。
「醜いなぁ、僕も……」
 近くにいて、見守ることが出来るだけで幸福だった。その笑顔を時折自分に向けてくれるだけで、それだけで良かった
はずなのに。いつしか、それだけでは足りなくなっているなんて。あまりもの馬鹿さ加減に笑うしかない。ちゃんとうさぎ
には王子様がいるのだから。
「はるかさん……」
 バスローブ姿のうさぎがはるかのいるキッチンに入ってくる。
「あったまった?」
「うん、ありがとう」
 頬には血色が戻っている。だが、その瞳はまだ曇っている。
「ホットミルクをいれるから、リビングで待ってて」
「ん……」
 幼子のように頷いて、うさぎはリビングに。はるかはミルクパンに牛乳を入れて、ホットミルクを作りはじめた。暖まった
ミルクにほんの少しのお砂糖。甘いものは心を和ましてくれるだろう、そう信じて。
「はい、熱いから気をつけてね」
「うん……」
 はるかからマグカップを受け取ると、両手でカップを持って一口目。
「美味しい……」
「良かった」
 できるだけ柔らかな笑顔を作って、はるかはうさぎの隣に座る。
「何かあったの? あ、いいたくなかったら言わなくてもいいんだよ?」
「……ごめんなさい。迷惑、だよね」
「そんなんじゃないよ。正直嬉しかった。君が僕に会いに来てくれて」
「はるかさん、やっぱり優しいんだ……」
 儚い印象を受ける笑顔。いつもの笑顔ではない。
「衛さんがいなくて寂しい?」
「!」
 ピクリとうさぎが肩を震わせる。
「はるかさんもそう思ってるんだ……」
「おだんご?」
 大切なお姫様の恋人である王子様は向こうでの生活に忙しいらしく、連絡もおぼつかないらしい。何度も何度も海の
向こうに手紙を送っているのにも拘らず、だ。
「あたし……。わかんなくなってきた……。まもちゃんのこと、好きなんだよね。だから、結ばれて、未来でクイーンに
なってるんだよね」
 すでに確定された未来。当たり前のように王子様とお姫様の間に生まれた小さなお姫様は存在していて。うさぎが
なんだかんだと、小さなお姫様、ちびうさのことを大切にしていたことも知っている。
「あたしね、わかんなくなってるの。だから、聞き流してね」
「おだんご?」
 どこか冷めた瞳。
「6月の花嫁さんって、幸せになれるんだよ? 知ってた?」
「うん。おだんごも6月の花嫁さんになりたい?」
「まもちゃんを横に? でも、あたしは……。どうしよう。まもちゃんとのそんな未来を夢見られなくなってる。ちゃんと
決まってることなのに。みんなに祝福される未来なのに……」
 そこまでいうと、うさぎはマグカップをテーブルに置く。そして、まっすぐにはるかを見つめてきた。
「ドキドキしない。ときめきもしない。どうしよう、今こうして、はるかさんの傍にいる方がずっと……」
「……」
「だから、はるかさんに会いたくなったの。一目会えたらって思ったら、心は欲張りで。こうしていられる時間がずっと
続けばなんて、思ってる……」
 ごめんなさい、と呟いて、うさぎはとうとう涙をこぼした。
「ごめんなさい、あたしはクイーンになるのに……。はるかさんたちはあたしたちに陰であたしたちを守ってくれている
のに……。謝りたくって……」
「謝る必要なんてないじゃないか!」
 泣きじゃくる姿を愛しいと思った。他の誰でもなく、はるかを思って涙をこぼすうさぎを愛しいと。
「ゴメンね、言わせたね。僕が臆病だから。ずっといわないままでいおうと思ってた」
 どんな宝石よりも美しく、高価なうさぎの涙を唇でそっと拭う。自分のほうを向かせて、はるかは愛しい心をそのままに
唇にのせた。
「好きだよ。僕のプリンセス……。誰よりも、ずっと……」
「はるかさん……」
「愛してる。未来がそんなにも君を苛ますのなら、僕が砕いてやる。君が幸福でない未来なんて意味はない。こんな手、
いくらでも汚してもいい」
 痛いほどに握り締めるはるかの手をうさぎはそっと手にとる。
「駄目だよ……。大好きなはるかさんの手を汚したくない……。でも、あたし、嬉しいんだ。すごく、すごく嬉しいの……」
 愛しげに何度も口付ける。しばらくはさせるがままにしていたが、そっとうさぎのあごを捕らえて、上向かせた。
「好きだよ、お姫様……」
「ん……」
 触れるだけの優しい口付け。それなのに、どうしてこんなに心を満たすのか。
「ねぇ、二人だけの結婚式をしようか?」
「はるかさん?」
「誰もいない教会で。指輪もドレスもないけど。6月の花嫁さんに今なろう?」 
 きっと祝福は誰にも受けないけれど。それでも、と。
「はるかさんさえいれば、何もいらないよ……」
 そう告げると、うさぎは今まで見たことのないくらいの幸福な笑顔で微笑んだ。


 雨もあがって、月光が鮮やかに世界を照らす夜。誰もいない教会の扉が開く。月光にすかされたステンドグラスの
下で、恋人たちの姿。
「ずっと、僕はおだんごのものです」
「未来に何があろうと、私ははるかさんのものです」
「「愛しています」」
 重なり合う声。そして、誓いの口づけ。互いを見詰め合う恋人たちは誰よりも幸福な顔で微笑みあった。

 


 62000番を踏まれたたかもりあずさ様からのリクエスト。セーラームーンのはるか×うさぎの物語です。うう、
書いてて幸せでした。

< 贈り物の部屋 >