箱庭
『お外に出たい』
熱が出ると、一週間は外に出ることがかなわない小さな妹の泣きじゃくる声。
『元気になったら、外を歩き回ってもいいから』
そう言って聞かせても、いやいやとアンジェリークは首を振った。
『お外に出たいの〜』
泣きじゃくるアンジェリークを慰めるのにレヴィアスはいろいろと苦労をした。両親がいなくなってから、この小さな妹の心を
慰めてやれるのは自分しかいない。だが、身体弱い妹と自分の身体を変えられるはずもなく、レヴィアスは自分の無力さを
痛いほど感じることしかできなかった。
ずっと側にいられたらいいのだが、レヴィアスは両親の残した企業を軌道に乗せることで手がいっぱいでいつも側にいて
やれるわけではなく。アンジェリークの泣き声を後ろ髪を引かれる思いだった。
・・・
『アンジェ、何もいらない。兄さまがいてくれたら何もいらないの!』
たくさんのぬいぐるみ、おもちゃ、甘いお菓子、そのどれもを持ってきてもアンジェリークはいやいやと首を振った。
『どうして、お側にいられないの? 兄さまもアンジェを一人にするの?!』
一つ一つの言葉が棘となり、心に突き刺さった。企業を大きくするには人の倍以上も働かなければならない。多くを望ま
なければ、一緒にいる時間をとることはできる。だが、レヴィアスにはそれ以上に働かねばならない理由があった。
自分とアンジェリークを残していって天国へと旅立った両親が残したのは小さな会社だった。借金こそ残さなかったが、
残された会社を盛り立てるのには人並み以上に働かねばならず。幸いにも、レヴィアスの周りには彼を慕う優秀な部下が
人材としていた。
『お前のためだ、我慢してくれ……』
それは祈りに近い言葉だった。レヴィアスとて、好きでこの小さな妹と離れているわけではない。病弱なアンジェリークに
少しでもいい医療を受けさせるにはまず金が要るのだ。
『わかってくれ、アンジェリーク……』
なき疲れて眠ってしまったアンジェリークにほほに沿って唇を寄せる。限りない愛しさと共に……。
・・・
『屋敷を屋上にですか……』
仕事が軌道に乗り、一企業に過ぎなかった会社はいつしか企業体となり、都心に自社ビルを建てるときにレヴィアスが
まず注文をつけたのがそこであった。
『そうすれば、我は仕事に没頭ができる。社員たちには屋上は開放できない分の環境面の配慮は考えてある』
『ワーカーホリックもほどほどになさらないと……』
『文句があるのなら、この仕事は別のものに任す』
金と緑に金銀妖瞳に一瞥され、設計士はおびえる。新興企業とはいえ、大会社の本社ビルの設計を任せられるのだ。
これだけのチャンスはそうない。
『が、がんばらさせていただきます』
『頑張るのは当然だ』
その言葉に設計士はますます身を固くする。それを横で見ている秘書のカインは内心で苦笑する。レヴィアスの本当の
目的を知っているからだ。だからこそ、設計士を気の毒に思いながらも、ああ得て助け舟を出さなかった。
・・・
大企業のビルの屋上は別の空間になっている。機能的過ぎる社屋の屋上は地上の楽園。多くの薔薇が植えられ、丁寧に
手入れの行き届いた庭園と屋敷がある。そこには現実の雑音も届かない。
「ここが新しいおうちなの?」
「ああ。今日からはずっと側にいてやれる。我の職場もそこに移したからな」
「嬉しい、兄様」
抱きついて来るアンジェリークをレヴィアスは優しく受け止める。アンジェリークの側にいてやるためだけに作った屋敷。
「薔薇も綺麗ねぇ……」
うっとりと呟いている妹が誰よりも愛している花。病に苦しむ時も、せめて目で楽しめるように、と。
何もかもがアンジェリークのためだけに作ったもの。金がいくらかかろうと関係がない。
「大好き、兄様。アンジェリークのお願い、全部聞いてくれるのね」
無邪気なその言葉が何よりもの言葉。この言葉のためだけにレヴィアスは何にでもあって見せる。たとえ、どれほど血を
流したとしても、アンジェリークの笑顔がすべてを浄化してくれるから。
・・・
「ずっと側にいてね、兄様」
「ああ、アンジェリーク。ずっとお前の側にいよう……」
無邪気で小さな願い。その願いをかなえるために。この小さな箱庭の中で……。
62000番を踏まれた照元 悠音様からのリクエストです。裏日記、“泡沫”に書かれていたレヴィアス・アンジェの外伝です。
詳しい話は裏日記をご覧下さい(^。^)。裏ページにあります。
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