その理由
「はい、仕上にこれ」
「うん……」
ジョヴァンニに手渡されたルージュをぎこちない手つきで塗り終えると、アンジェリークは鏡の中に映る自分自身を見つめる。
「初めて、お化粧した気分はどうかな」
「ジョヴァンニって、毎朝こんな風に手間暇かけてるんだなって……」
「あのさぁ……」
今は医院の休憩時間。四月から大学生になるアンジェリークにメイクを教えるから、とアンジェリークの部屋にジョヴァンニは
先生役でいる。
「雑誌のメイク特集よりあてになるよ」
そう言って、化粧品を一緒に買いに行き、アンジェリークを置いてぽんぽんと色々買われたのだ。
「普段はナチュラル過ぎるくらいでいいよ。本格的に気合いいれる時は教えてあげるけど、先生はナチュラルメイクの方がいいと
思うよ。厚化粧の勘違いオンナは好みじゃないって言ってたし」
「べ、別にアリオスは関係ないわよ」
そう言って、アンジェリークはぷいと顔を背けるが、その頬は僅かに赤く、それを見逃すジョヴァンニではない。
「ま、野暮なことは言わないけど? 先生に見せて来たら?」
「もう!」
完全にからかわれている。アンジェリークは少し期限を悪くしながらも、椅子から立ち上がる。
「どうしたの」
ニヤニヤ笑うジョヴァンニに構うことなくドアに向かう。
「晩御飯の準備をそろそろしなきゃいけないし」
「ふぅん、そうなんだ?」
まだにやにや笑っている彼をそれ以上構うことなく、アンジェリークは部屋を出た。
「可愛いね。だから、ちょっかいかけたくなるんだよね」
勿論、過ぎてしまえば、アリオスに叱られることは判っているけれど。ひとしきりわらうと、ジョヴァンニも部屋を出た。
階下に降りると、リビングにはショナとルノーがいた。
「あ、アンジェ。な、何か違うね」
「そう?」
「う、うん。い、いつもより、その……」
どういっていいのか、言葉を探しているようだ。
「お化粧したんだ……」
「うん、まぁね……」
気付いてもらえるとは思ってはいなかったので、反応があると嬉しい。
「な、何だか、大人の女の人みたい……」
「そう?」
鏡で見て、確認した限りではそれほどとは思えなかったし、ナチュラルに仕上げてくれたと言ってもらったのだが。
「似合わない、かな……?」
アンジェリークの言葉にルノーは慌てて首を振る。
「ち、違うよ。あ、あの。き、綺麗だから……」
「そ、そう?」
意外な反応に戸惑うけれど、悪い気はしないのは少女の心理である。
「せ、先生も、よ、喜ぶね」
「あのね……」
どうして、こう言う方向に話が行くのだろうか。
「誰が喜ぶって?」
「アリオス!」
いきなり、背後からの声に驚いて、振り返ったアンジェリークの顔をアリオスはしばし見つめる。
「……」
「な、何よ?」
思わず、アンジェリークは身構えてしまう。
「コーヒーが飲みたいから、入れて部屋に持って来てくれ」
それだけを言うと、アリオスはスタスタと部屋を出た。
「何なのかしら……?」
「さぁ?」
訳が判らず、首を傾げる三人をちょうど階下に下りたばかりのジョヴァンニは面白そうに見つめていた。
言われた通りにコーヒーを入れると、アリオスの部屋まで行ってノックする。
「入れよ」
「うん」
部屋に入り、医学書を読んでいたらしいアリオスの机にカップを置いた途端、アンジェリークは腕を掴まれ、アリオスに引き
寄せられた。当然アリオスの腕の中に落ちてしまう。
「キャ!」
ボスン、と音を立てて、すっぽりと納まる形になったアンジェリークは何が起こったのか理解するのに数秒かかった。
「何するのよ〜!」
状況を理解すれば、当然、抗議の声があがる。だが、それで離してくれるようなアリオスではなかった。
「それ、ジョヴァンニにしてもらったのか?」
「う、うん……。大学生になるんだしって……」
「そうか……。あんまり派手にはなるなよ」
「それって、似合わないから?」
他の人に似合うといわれるより、アリオスに似合わないと言われてしまうことのほうが少女の中で比重は大きい。そんなアン
ジェリークの言葉にアリオスは軽く苦笑する。
「バーカ。そんなんじゃねぇよ」
「じゃあ?」
「気が気でないってだけだ?」
「え?」
その言葉の意味をアンジェリークが考える前にアリオスに口付けられて。思考を絡めとられて行く。
「自分で考えてみろ」
「な、何よ〜」
混乱するアンジェリークをよそにアリオスは出て行ってしまう。その唇にわずかなピンクの色が移っていたことを誰もが知り
つつも、あえて何も言わなかった。
アリオス限定キリ番、55251番を踏まれたむろん様からのリクエストです。久々に書いたけど、やっぱり、楽しい。
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