星影の小径


 星が降ってくるのではないかと思えるくらいに、鮮やかに輝いている夜。
 夜目にも輝いて見える銀色の髪をした青年はある建物の前にたたずんでいた。そこは栗色の髪の女王が、突如洗われたこの
大陸“アルカディア”と呼ばれる地を育成する為に仮のすまいとしている場所。青年はポケットから何かを取り出すと、窓に向けて
投げる。

 コツン…と、何度か窓ガラスが鳴ると、しばらくしてから、その真殿ある部屋の主が窓を開く。
「アリオス?」
「よう、アンジェリーク」
 戸惑ったように自分を見つめる瞳。
「こんな時間にこんなものを投げちゃ駄目じゃない。食べ物を粗末にしてるし……」
 窓辺に転がっているものを手にアンジェリークは窘めるような口調。アリオスが投げたのは、いろとりどりのキャンディ。
「石だと窓が割れるしな。それに、お前は食い意地がはってるからな。ちょうどいいんだよ」
「……失礼ね」
 とたんにむくれてしまう少女。そんな表情が彼を楽しませている事なんて、想像もしていないのだろう。
「あんまり、騒ぐなよ。人に見られるぜ?」
「……何の用よ」
 今は夜もふけた時刻。出歩くのには遅い時間。
「お前を誘いに来たんだよ。今日は星が綺麗だぜ?」
「私を?」
「お前以外の誰を誘えっていうんだ?」
 わざとらしく、肩を竦めて見せ、窓辺の少女を見上げてみれば、途端に機嫌は直っていて。
「わかった、行きたい!」
「こら、静かにしろよ。親友とやらが起きてくるぜ。気づかれないように抜け出して来いよ」
「うん」
 嬉しそうに窓を閉じて、少女は窓辺から姿を消す。バタバタと走ってくる様子が目に浮かぶようだ。
「静かにしろって言ったんだけどな……」
 苦笑混じりの言葉。だが、悪い気はしない。自分に会うためになのだから。
「お待たせ、アリオス」
 予想通りに息を弾ませてやってきた少女。何処かワクワクした瞳を添えて。女王としてでではなく、普通の少女としての表情。
「ク…そんなに慌てなくても、星は逃げやしないぜ?」
「だって、1分でも早く、アリオスのところに来たかったんだもん」
 サラッと言ってのけるその殺し文句とも言えるその言葉に、一瞬だけアリオスは絶句する。だが、このまま少女のペースに乗せ
られてしまうような彼ではなくて。

「バーカ」
 クシャリ…とサラサラの髪をかきまわす。あの頃よりも随分と伸びた髪。それは彼女に流れた時間そのもの。ほんの少しのやる
せなさがアリオスを包み込む。

「どうしたの、アリオス?」
「何が?」
「何か、怒ってるみたい……」
 無意識に表情に出ていたらしい。指摘されると、苦笑するしかない。どうも、この栗色の髪の天使を前にすると、調子が狂う。
「なんでもねえよ。行くぞ」
「あ、待って……」
 スタスタ歩いてゆくアリオスに慌ててついてゆく。連れて来られたのは約束の地。広い花畑の中にある1本の大樹。そして、森に
続く小道があるだけの場所。

「余計な街灯がないから、その分、星が綺麗に見えるんだ」
「そうかもね……」
 星がこぼれそうなほどに鮮やかで。
「星の光が降り注ぐ音が聞こえそう……」
 二人しかいないこの場所はとても静かで。互いの息遣い、鼓動までが聞こえてきそうだ。
「……」
 そっとアンジェリークは瞳を閉じる。身体全体で、星の声を聞くように。それはとても自然な仕種であり、神聖で。
(女王の貫禄ってやつか……)
 僅かに胸が痛む。アリオスの前ではどう見ても、普通の少女なのに。時々、不意に女王としての顔を見せたりする。時々思う。
どちらが本当の少女なのか…と。

「アンジェリーク……」
 気がつけば、抱きしめていた。今、少女の自分にいるのは自分なのだということを思い出させるために。
「あ、アリオス?!」
 アンジェリークにして見れば、突然すぎて、戸惑うしかなくて。だが、この腕に抱きしめられる事は嫌ではない。むしろ、嬉しい。
この腕に抱きしめられる事で伝わる確かな暖かさがあるから。

「アリオス……」
「嫌か?」
 躊躇いがちのテノールが耳に、心に響く。どうして、嫌だと思えるのか。ずっとこうされたいと願っていたのに。
「嫌じゃない……。離さないで。もう二度と、離れないで……」
 細い腕が青年の背に回させる。抱きしめ合う。こんな些細な事にすら、喜びを感じて。
「本当はね、ずっとこうしていたいの……」
 甘えるような少女の声。女王として出なく、普通の少女としての彼女の願い。
「そうだな。俺もこの腕の中にお前を閉じ込めていたい……」
 今はまだその時ではないけれど。こんなにも大切な思いがある。もう、二度と手放さないし、手放せるはずがない。
「静かだね……」
「そうだな……」
 星の光が降り注ぐ音が聞こえそうなほどに静かで,鮮やかに輝く夜。互いの鼓動を聞きながら、抱きしめあう。時間の許す限り。
 そこには時間は必要とされない。欲しいのは互いのぬくもりだけ。やがて、二人のシルエットが一つになる。
 星が綺麗な夜の二人の物語はまだ終わる事はない……。
 

辛島美登里さんがカバーで歌った同名の曲のイメージから。しっとりした曲なんです……。コンサートではじめて披露されたのを聞いて、
真っ先にこの二人の話を思いついた私……。(←ちゃんとコンサートは満喫しましたよ)


|| <Going my Angel> ||