俗物


  夏の日差しが眩しい季節は何事にも解放感に溢れている。
「なぁ……」
「何、葉月くん?」
 森林公園の噴水広場でくつろいでいた二人だったが、不意に葉月が口を開いた。
「その服、俺以外の奴の前でも着たことがあるのか?」
「このキャミソールのこと?」
「ああ」
 きょとんとした表情で少女は葉月を見上げる。
「これは今日初めて着たの。似合わない?」
「いや、似合ってる……」
「よかった」
 嬉しそうに笑う。可愛いデザインだったから思わず買ったのだ。だから似合うと言われると嬉しい。葉月は口数は少ない分、
その言葉には嘘がない。
「ね、葉月くん。アイスクリーム食べようよ」
「ああ」
 二人して、売店でアイスクリームを買って、日陰のベンチで食べて二人は夏の午後を過ごした。


 遅い夕暮れに包まれると帰宅タイムとなる。だが、今日はいつもと勝手が違った。
「まだ時間があるか?」
「うん」
「じゃあ、着いてこい」
「葉月くん?」
 返事も聞かずにスタスタ歩いて行く葉月に少女は慌てて着いていった。
 連れてこられたのはフティックで。どう考えても葉月に縁がある店だとは想えない。
「これ、買ってやる」
 そう言って、葉月はレースのカーディガンを手に取ってレジに向かおうとする。
「え、なんで?!」
 誕生日でもクリスマスでもないのに、買ってもらう義理などない。慌てて、葉月の腕を掴んで止めた。
「俺から物をもらうのは迷惑、か……?」
「そうじゃないけど……」
 無意識なのか、そうでないのか。こういう時の葉月は捨てられた子猫のような瞳をするのだ。本人に自覚が皆無なのと、少女の
前でだけでしか見せないので、ほとんどの人間は知らないのだが。
「お前に似合うし、それにも合う……」
「じゃ、私がお金出すよ」
「だめだ。これは俺の我が儘だから」
 そう言い切ると、葉月は少女の手を振り払ってレジで精算を済ませてしまった。
「本当にいいの?」
「ああ」
 レジで精算を済ませると、葉月は袋を少女に手渡す。
「着てみて」
「今すぐ? ここで?」
「ん……」
 言われるままにカーデガンを着る。レース素材なので思ったよりは暑くない。
「前、結んでやる……」
「あ、うん」
 前のリボンを結んで止めるタイプのカーデガンなので、されるがままになるしかない。
「似合う?」
「ああ……」
 葉月の返事に嬉しそうに少女は笑う。
「でも、いいの? 買ってもらっちゃって。お金、出すよ」
「いい。そのかわり、それは……」
 そう言って、葉月が提示した条件はやはりよくわからないものだった。
「それって……?」
「いいから、約束」
「う、うん」
 少女が納得する前に無理矢理約束させてしまう葉月はいつにない強引さを感じさせた。


「で、それが問題のキャミとカーディガン?」
「うん。なっちん、わかる?」
「んなこと聞かれても、あたしは葉月じゃないし」
 そう言い切ると、なっちんこと藤井奈津実は目の前のレモンスカッシュを一口飲む。
(これが他の子なら、自慢されてるんじやないかって思うんだけどね……)
 高等部入学当初から妙にウマがあう友人はどこか鈍感な部分がある。あの他人に興味を持ちそうにない葉月珪に鈍いと言わ
せるまでの域に達しているのだから、相当なものだ。
「ちょっと、それ脱いでみせてよ」
「う、うん」
 しかし、脱いでみたところで理由が判れば苦労しない。キャミソール姿だけでも充分に可愛らしい。
「わかんないなぁ……」
 やはり、理解に苦しむしかない。葉月の出した条件は自分以外の人間と会う時にキャミソールを着るなら、このカーディガンを
着ることであった。だからこそ、理解に苦しむ。葉月と会う時ならわかるが、その逆なのだから。
「うーん」
 いくら考えても答えは出ず、二人して頭を抱え込むしかなかった。


「そろそろでよっか」
「うん」
 答えの出ない問題は置いて、女の子同士のおしゃべりを楽しんで一時間。そろそろ帰宅時間。
「ちょっと、ストップ!」
 だが、席から立ち上がろうとした瞬間、同じように立ち上がりかけた奈津実に制される。
「な、何? なっちん?」
 じーっと見つめられればなんとなく居心地が悪い。
「成る程……。ちゃんと奴は男だったか」
「あの、なっちん?」
「よかったね。オンナ扱いされてるじゃん」
 訳の判らない理論を繰り広げられて困っている親友に奈津実はもう一度だけ視線を向ける。
(意外に俗物……)
 葉月への認識を改めざるをえない。同じくらいの身長だから椅子に座っている時には気付かなかったのが、二人の身長差では
葉月が視線を向ければ、自然とキャミソールから胸元がのぞくのだ。カーディガンはそれを防ぐためのもの。葉月以外の誰の目
にも触れさせないために。
(ここは敢えて黙ってあげとこう……)
 それが賢明な判断であるかどうかは判らないが、下手に邪魔をすると煩そうだし。
 わけがわからないままであろう親友に心の中で手を合わせ、ごまかすための言葉を奈津実は考え始めた。 

 むっつりな葉月……。まぁ、健全な高校生ですから(^_^)