その腕を伸ばして
| 誕生日のお祝いのパーティーを二人で過ごして。後片付けをして、リビングで舞ったりと過ごす。そんなささやかな時間すらもいとしい。けれど、時計の針は確実に進む。 「先輩、遅くなるといけませんし……」 望美にプレゼントでもらったばかりの時計を覗いて、譲は望美に声を掛ける。 「誕生日くらい、一緒にいたいよ……。お父さんたちまだ、帰ってこないんだし。私一人でお留守番をするの?」 強いようでいて、寂しがりやなところがある。将臣や譲がいたから、一人っ子でも寂しくなかったとよく言っていた。 「帰ってくるときはお父さんたち電話してくれるって言ってたじゃない。だから、それまでは……」 「……はい」 結局は望美に甘い。服の裾をぎゅっとつかんでくる望美はこうしてみると、年下のようだ。 (……参ったな) 上目遣いに見上げてくる瞳だとか、子供じみたしぐさだとか。そんなしぐさの一つ一つに惑わされてしまいそうで。 「先輩……」 理性よりも先に動き出してしまいそうな衝動。自分は変わってしまったかもしれない。彼女がこの手に降りてきてくれた瞬間から。自分のことを好きだと言ってくれた。長い片思いを抱えていた彼には思わぬことで。現実とは思えなかった。けれど、飛び込んできたそのぬくもりは確かなもので。大切にしたい、そう思った。その思いには変わりはない。代わりはないはずだった。 (触れたい……) 想いが通じ合っただけでも満足であったはずなのに。それ以上を望んでしまう己の浅ましさ。情けなく思う。 「……ねぇ、譲くん」 葛藤に固まる譲に望美はふんわりとした笑顔を浮かべる。 「先輩」 「私の今日の服、どう思う?」 「え?」 望美の服はリボンのついたサマーニット。白地のセーターにグリーンのリボンが胸の真ん中で結ばれていて、望美によく似合っている。スカートはふんわりとした白地のシフォンのスカート。 「よく似合いますよ?」 「……そうじゃなくて。リボン、ついてる、よ?」 「え?」 望美の言葉の意味を図りかねて、譲は固まる。 「……女の子から、こういうのははしたないって言われそうだけどね。出ないと、譲くん、進もうとしないじゃない」 「あ……」 ようやく、望美の言いたいことに気づき、譲は固まってしまう。 「リボン、ほどかないんだったらいい。私の誕生日までに覚悟、決めてよ」 「……どうして、そういう話になるんですか」 「だって、そういう瞳で見られたら、意識しちゃうじゃない……」 「そういう瞳って……」 望美の指摘するところに気づき、譲は顔を赤らめた。 何とも言えない空気が二人を支配する。先ほどまでは譲の誕生日を祝っていたはずなのに、今は奇妙な緊張感に包まれている。 「私が鈍感なのは理解してる。譲くんが私をずっと大切に想ってくれていたのにも気付いてなかったんだし……」 運命を上書きする前にぶつけられたあの激情。今まで、知らなかった。知ろうともしなかったもう一つの譲の素顔。 「でもね、そんな私でも分かるんだよ」 「……そんなに態度に出ていましたか?」 自嘲めいた譲の言葉に望美はゆっくりと首を振る。 「違うよ……。多分、私も同じだからだと思う……」 「先輩……」 ぎゅっと強く望美は手を握り締める。 「はしたないとか言わないでよ? 気付いたら、そうだったんだから。譲くんの視線の意味にそれで気付いたんだから……」 耳まで真っ赤にして俯いて言うセリフではない。それなのに、どうしてこうも愛しさが溢れるのだろう。 「せ…、望美…さん……」 「……!」 恋人同士になっても、滅多に名前を呼ぶことのない譲が名前で呼んだ、その衝撃に望美は顔を上げる。 「俺はこういう感情をあなたに抱いて居ると知られて、あなたに軽蔑されることが怖くて、その……」 「そんなのしないよ、するはずがないじゃない……」 「ありがとうございます……」 そっと望美を抱き締めて、腕の中に閉じ込める。すっぽりと包みこんでしまえる華奢な身体。 「愛しています、望美さん……」 「ん…私も愛してる……」 柔らかな腕がおずおずと背中に回される。一方的に抱くのではなく、たがいに抱き締めあう。多分、これが自分たちらしいのだと思う。望美を守りたいとは思うけれど、守られるだけというのを彼女は拒むから。 「ん、……」 唇を重ねあう、そんな行為も幾度か経て。ようやくぎこちなさがとれてきた。まだ、そんなぎこちない二人、だ。けれど、身体に帯びる熱は互いに向かい合っている。いつしか、深くなってゆく口づけに二人酔い痴れて。 「あ……」 唇が離れると、カァッと望美の頬が染まる。 「可愛い……」 思わず、呟いたしまったその言葉にますます望美の頬が紅く染まる。 「そんなの、譲くんのせいじゃない……」 「あの…そう言われると、ますます可愛いと思うんですが……」 「〜」 滅多に見ることのない望美のその姿に、譲は身体に帯び始めていた熱が煽られるような気がした。けれど、それ以上に愛しさに満ちてゆく。この腕の中の愛しい人のこんな姿を見るのを許されるのは自分だけなのだから。抱き締める腕に力を込めると、おずおずと望美が顔を上げた。 「どうしましたか?」 「あの…ね……。恥ずかしいから、その……」 言いよどむその姿さえ愛しいとしか思えない。どれだけ、自分はこの人に溺れてしまうのか、そんなことまで考えてしまう。 「俺の部屋に行きますか?」 「うん……」 ぎゅっと、譲の服の袖を掴んで。まるで、小さな子供のように。だから、譲はその手に自分のそれを重ねた。小さい頃、望美がそうしてくれたように。 「譲、くん……」 「手をつなぎましょう?」 「うん……」 つないだてのひらの熱さ。そこからさえ伝わるいつもより早すぎる鼓動。それでも、互いに互いの手を強くつないだ。 手をつないだまま、譲の部屋にたどり着いて。ガチャリと部屋の鍵を閉める音がやけに響いたような気がする。 「望美さん……」 「ん……」 囁くように名前を呼ばれたかと思えば、優しい口づけが舞い降りる。 思いを重ねあうように口づけを交わして。 「ん、……」 譲の唇が望美の首筋をたどり始めると、望美は身を竦める。 「望美、さん……」 「や、びっくりしただけだから! やめたらやだからね!」 「……はい」 譲の唇が望美の首筋をたどりながら、その手はたどたどしげに望美の服をたくしあげてゆく。 「は…っ……!」 たくしあげた服の裾から入り込んで来る指先に身を竦めながらも、けっして譲から離れないかのように腕を譲の背中に回す。 「譲くん……」 甘えるように名を呼ぶ。譲はともすれば、暴走しそうな自分を押さえつつ、腕の中の愛しい人に口づけを幾度も落として。 「もう、こんなに……」 「や、言わないで……」 小さな漣が望美の中で生まれ始めて。それを生み出しているのはこうして触れ合っているからで。自然と吐息が熱くなっていく。口付けはもはや熱情の交換のようで。 「あ……」 熱くなった譲自身が太腿に触れて、望美は戸惑ったように譲を見上げる。 「その、嫌なら……。俺は……」 真っ赤になりつつも、あくまでも望美を気遣う譲に望美は嬉しい反面、少し悔しい。いっぱいいっぱいなはずなのに、それでも気遣ってくれる譲。多分、それは余裕とかそういうものではなく、本来の彼の性格からくるものだとはわかってはいても。譲にとっての望美は大切すぎるゆえに近づけないまま、触れられないまま。そんな関係。だから、この関係を取り払うのは望美の役目だ。あの時、白龍の逆鱗を使って、時空を遡って、この腕の中に飛び込んだときのように。 「いいから……。私を譲くんだけのものにして、よ……」 目はそらさない。まっすぐに譲を見上げる。譲が躊躇うのなら、自分が手を伸ばす。 「はい……」 決意とそれ以上の愛情、熱情、いろんな色が混じった瞳。普段の譲るからは見られることのない瞳、だ。 「っ、く……」 ゆっくりと望みを気遣うように入り込んでくる熱。痛みがないわけではない。けれど、この痛みが何だというのだろう。あの時、譲を失った痛みに比べれば、なんと幸福な痛みであるというのか。 「譲くん、譲くん……」 自分と一つになっている、それを確認するかのように何度も名前を呼んで。口付けを強請る。痛みよりも、激しい熱さが。それがひどく嬉しくて、涙が自然にこぼれる。 「辛い、ですか?」 「ううん、違う……。だから、もっと、そばに……」 望美の願いをかなえるように課、それとも、その言葉から生まれた衝動からか。抱く腕に力がこもる。より強く一つになる。そして、訪れるのは限りない熱の終焉と、満たされる幸福だけ……。 「大丈夫、ですか……」 「うん……」 シングルベッドだから、二人で眠るには狭すぎて。身体を寄せ合う。 「あのね、幸せだから……。譲くんの誕生日なのに、私が幸せになってどうするんだろうね……」 「俺はそれ以上にきっと幸せですよ」 互いのその言葉にくすりと笑いあって、二人は口付けをかわした。 |
表の幸福日和の続きです。
やっと書けた……。頑張ったよ、私。そして、うちの譲くんも。つーか、ごめんね。誕生日から一月以上たってるよ……。
でも、やっと書けたよ〜。本当、よかった〜。
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