Happy Christmas
―― そう、それは、アリオスと恋人になってから、
初めてのクリスマス・イヴの数日前のことだった ――
『バチーン!!』
誰かの頬が勢いよく平手打ちされた音が、古びた温室の中に響いた。
そこは、聖(セント)ガブリエル女学院高等部の裏庭にある温室だった。
アンティークな鳥篭のような型をした温室には、二人の人影しかなかった。
肩の辺りまである栗色の髪の少女・アンジェリークは、彼女より背の高い銀髪の青年・アリオスの
頬を平手打ちしたのだった。
その証拠に、アリオスの左頬はうっすらと赤く腫れていた。
「アリオスなんか嫌い!! 大っ嫌い!!!」
アンジェはくるりと踵を返して、その場を去ろうとしていた。
「おい、アンジェ! アンジェリーク!! 俺の話も聞け!!!」
アリオスはアンジェの腕を掴もうと手を伸ばしたが、アンジェのほうが速かったのか、髪にしていた蒼いリボンしか掴めなかった。
アンジェは、そのまま走り去ってしまった。
「・・・・・・・ったく!」
アリオスの手の中には、アンジェが髪にしていた蒼いリボンだけが残っていた。
ここは、アクリエル王国にある王立聖(セント)ガブリエル女学院。
250年という長い伝統と格式を持つお嬢様学校である。
幼等部から大学部までの「完全一貫教育」が特徴である。
「ただいまー! ア、アンジェ?! どうしたの?!」
アンジェのルームメイトで大親友のレイチェルが部活から寮の部屋に帰ってきた。
レイチェルは、15歳にして高等部2年に在籍している「天才少女」なのである。
彼女の学力なら、既に大学部に在籍していてもおかしくないのだが、
大親友である「アンジェと離れたくない」という本人の意思(我儘か?)で、スキップはしていない。
それと、レイチェルは陸上部に所属している。
「あ・・レイチェル、お帰り」
アンジェは泣いていた目を擦りながら、作り笑顔でレイチェルを出迎えた。
「アンジェ?! 眼が真っ赤だよ? 何かあったの?」
「うん、ちょっと、アリオスとケンカしただけだから・・・・・・」
アンジェはボソボソと呟いた。
「えっ、ウッソー!! アンジェ、ケンカしちゃったのーーー?」
「・・・・・・うん」
アンジェはコクリと頷いた。
「もしかして・・・アタシのせい・・・・・・?」
「ううん!レイチェルのせいじゃないよ!! アリオスが悪いんだもん!!!」
アンジェは最後の部分だけを強調させて言った。
「ナンデ?」
「実は・・・・・・・・・・・・・・・・・」
アンジェはレイチェルにアリオスとの喧嘩の経緯を話し始めた。
―― そう、あれは、今日の放課後だったの。
あたしは、アリオスを探して、校内を走り回っていた。
そして、裏庭にある古びた温室に彼は居たの ――
「ア・リ・オ・ス先・生!! 探しましたよ!!!」
アンジェは息を切らしながら、アリオスに話し掛けた。
「何だ、アンジェか? どうした?」
アリオスは煙草を吹かしていた。
「分かったよ、お嬢様」
アリオスはフッと含み笑いをして、ポケットから携帯灰皿を取り出して、煙草を消した。
「〜〜〜〜!!」
アンジェはアリオスに「お嬢様」扱いされて、怒っていた。
「で、俺に用事か? アンジェ」
「アリオス、24日に仕事があるって、本当なの?」
アンジェはいつになく真剣な顔でアリオスに尋ねた。
「何だ、その事か。誰からだ?」
アリオスはあっさりと答えた。
「レイチェルからです」
アンジェは怒ったような口調で言った。
「何で、どうして?! 24日は絶対に空けといてねって、言ったはずだよ!!」
アンジェは更に口調を強めてアリオスに叫んだ。
「仕方ねぇだろ、仕事が入っちまったんだから。25日でもイイじゃねえか?」
アリオスは24日はどーでもいいという感じだった。
「・・オスの、アリオスの、アリオスのバカ―――――――――!!」
『バチーン!』
アンジェはアリオスの左頬を平手打ちした。
「アリオスなんか嫌い!! 大っ嫌い!!!」
アンジェの瞳からは涙が零れていた。
「おい、アンジェ! アンジェリーク!!」
アンジェはアリオスの言葉も聞かずに、そもまま、温室から走り去ってしまった。
「ナルホド。でも、ナンデ、アンジェはクリスマス、それも24日のクリスマス・イヴにこだわるの?」
レイチェルは不思議そうにアンジェに尋ねた。
「・・・・・・だって、クリスマス・イヴの日は大好きな人と一緒に過ごすのが憧れだったんだもん!!
でも、アリオスってば・・・・・・・・」
「そーゆーのにキョーミなさそうだもんね、アリオス先生は」
レイチェルは何故か納得していた。
「・・・・・で、ケンカしちゃったワケ?」
「うん」
アンジェはコクリと頷いた。
「で、イヴの日は?」
「寮にずっといるしかないよ。レイチェルはどうせ、エルンスト先生とデートなんでしょう?」
「モッチロン♪」
レイチェルは自信たっぷりといった感じだった。
「いいなぁ、二人共、仲が良くて・・・・」
アンジェはポツリと呟いた。
―― そう、それから、あたしとアリオスはずーっと口を利かなかったの。
それもイヴの日まで。一度も、ね ――
それから、アンジェとアリオスは、一言も口を利かなかった。
アリオスの数学の授業中も、フェンシング部の練習中でも。
ちなみに、アンジェはフェンシング部の部長をしており、アリオスはその部の顧問である。
アンジェとアリオスが『恋人同士』であることは、学校側には秘密なのだ。
それがバレたら、かなり(か?)の大大大問題である。
何せ、二人の関係ははたから見れば、『教師と生徒』なのだから。
その話は置いといて。
その上、二人は目も合わそうとはしなかった。
というよりも、アンジェ自身がアリオスと目を反らしていたのだった。
それが、終業式の23日まで続いた。
―― そして、24日のクリスマス・イヴに日を迎えたの ――
(やっぱり、アリオスに謝ろう)
アンジェは、そう思いながら、アリオスのマンションに向かっていた。
その途中で、スーパーに立ち寄り、夕食の材料を買った。
(アリオス・・・・・許してくれる、かな・・・・・?)
アンジェはアリオスの部屋の合鍵を持っていた。
(コレを貰ったのは、確か・・・・今年の誕生日だっけ)
『コレはお前のだ』
アンジェは自分の誕生日にアリオスから合鍵を貰った。
(アリオスはどうせ、仕事でいない、よね・・・・・・・・・)
アンジェは合鍵を使って、アリオスの部屋に入った。
(相変わらず、殺風景・・・・でも、綺麗な部屋)
アンジェはアリオスの部屋を訪れるたびにそう思った。
アリオスの部屋は、バス・トイレ付きの1DK。
だが、一人暮らしをするには充分すぎるほど広い部屋だ。
それも、そのはず。
部屋には、パイプベッドとTVとステレオデッキがあるくらいで、
他には、TVの前に小さなテーブルと黒のソファがあるくらいなのだ。
そして、普通一般の男性の部屋でありがちな『ゴミの部屋』と化してはおらず、
むしろ逆に、人が住んでいるのかと疑ってもおかしくない位に綺麗な部屋だ。
「さてと、夕食作りに取り掛かろうかな?」
アンジェはバックの中からシンプルなデザインをした青のエプロンを取り出し、
気合を入れて、夕食に取り掛かった。
―― アリオスはクリスマス・ソングが流れる街中にいたの ――
『トゥルルル、トゥルルル・・・・・・・・・・・・・・』
アリオスは自分の携帯からアンジェの携帯に電話を掛けていた。
が、当の本人は全く出る気配がなかった。
(ったく、早目に仕事を切り上げてやったのに・・・・・・・)
『ピッ』
アリオスは諦めて、携帯をきった。
(アイツ・・何処にいるんだ!!)
アリオスはアンジェのことをかなり心配していた。
ケンカしてしまったとはいえ、アリオスはアンジェにベタ惚れで独占欲が人一倍強いのだ。
だが、それを表に出していないだけの話である。
「アレッ、アリオス先生―――――!!」
アリオスは後ろから誰かに呼ばれたので、振り返った。
そこには、レイチェルと水色の髪の長身のスーツ姿の青年・エルンストがいた。
「よぉ、レイチェルにエルンスト」
「アリオス、お久し振りです」
エルンストは、聖ガブリエル女学院高等部で生物の非常勤講師をしていて、
普段は王立ラファエル研究院で医療関係の研究をしている。
アリオスとは同僚に当たる。
「二人して、デートか?」
「そ、そんなことは・・・」
エルンストは、ドキッとして頬を紅潮させた。
「ソーダヨ♪ 先生は?」
レイチェルはニッコリとして答えた。
「仕事だ」
アリオスはあっさりと答えた。
「アンジェがカワイソー!!」
レイチェルはアンジェに同情するような感じで言った。
「何でだ?」
「だって、アンジェクラブとかで忙しいのに、
先生のクリスマス・プレゼントを一生懸命作ってたんだよ!! 夜遅くまで!!
それに『イヴの日は大好きな人と一緒に過ごすのが憧れだった』って、言ってたんだよ!!
それを『仕事でダメになった』って言われて、アンジェ、すっごいショックだったんだよ!!」
レイチェルはアリオスにアンジェが24日にこだわる理由(わけ)を話した。
「アイツ、それで・・・・・」
アリオスは、それで納得がいった。
「サンキュ、レイチェル!」
アリオスはくるりと踵を返して走り出した。
「先生、Marry Christamas!!」
レイチェルはアリオスに大きく手を振った。
「ああ」
アリオスは手を後ろにヒラヒラと振って、人混みの中に消えていった。
「アリオスはアンジェリークと仲直りが出来るのでしょうか?」
エルンストは少し心配した。
「ダイジョーブ♪ あの『二人』だもん!! ・・・・それより、早く行こっ!」
レイチェルは片目をウィンクして、エルンストの腕を組んで、歩き出した。
「・・・・・そうですね。要らぬ心配でしたね」
エルンストはフッと笑って、レイチェルと街中を歩き出した。
「ふぅ・・・後は、アリオスが帰ってくるのを待つだけ、と・・・・」
アンジェはエプロンを外して、ソファに掛けて、ベッドに横たわった。
(・・・・・・・・・・アリオス、遅いなぁ・・・・・)
アンジェは枕を取り、ギュッと抱き締めた。
(アリオスの、ニオイ・・・・・)
それは、アリオスがいつも吸っている煙草のニオイだった。
アンジェは疲れていたので、スヤスヤと眠ってしまった。
『ガチャ』
アリオスは部屋のドアノブに手をかけた。
(開いている・・・アンジェが来ているのか・・・・・・?)
『コレはお前のだ』
アリオスはアンジェの誕生日に自分の部屋の合鍵をあげた事を思い出した。
アリオスは、そっと部屋に入った。
部屋の中には、うっすらと美味しそうな料理のニオイが漂っていた。
「アンジェ・・・・・・・?」
アリオスは電気を点けずに真っ暗な部屋を見回した。
そして、ベッドの上でスヤスヤと眠っているアンジェを見つけた。
『ギシッ』
アリオスはアンジェを起さないように、静かにベッドに腰掛けた。
(コイツ、泣いているのか・・・・・・?)
アリオスはアンジェの頬を伝って流れている涙を指ですくった。
(ゴメンな、アンジェ)
アリオスは着ていた白のロングコートを脱ぎ、アンジェの上に掛けてやった。
そして、アリオスは、そのまま、アンジェが起きるまでずっと寝顔を眺めていた。
「う、う〜〜〜ん?」
アンジェは目を覚ました。
「起きたか?」
「う、うん。って、ア、アリオっ・・・・・・・・!!!」
アンジェは、ガバッと起き上がった瞬間、アリオスからの不意のキスをされた。
「・・・・・・・・・・・・・あのね、アリオス、ゴメンね・・・・・・・・・」
アンジェはアリオスからの不意打ちのキスに驚きつつも、アリオスの耳元で謝りの言葉を囁いた。
「くっ、オレもな・・・・・・・・」
アリオスも謝ろうとしたが、アンジェはアリオスをギュッと抱き締めた。
「あたしが悪いだもん!! あたしが我儘言ったから・・・・・・」
「アンジェ・・・・・・・」
アリオスもアンジェをギュッと抱き締めた。
「あっ・・・・・雪だ!!」
アンジェは、ふと窓の外を見ると、真っ白な雪がチラチラと降っていた。
そして、アンジェはアリオスの腕の中から抜けて、ベランダに出た。
「綺麗・・・・今年はホワイト・クリスマスだね」
アンジェは、外に煌めいているクリスマス・イルミネーションを見ながら言った。
「ああ、そうだな」
「キャッ!!」
アリオスはアンジェを後ろ抱きした。
「・・・驚くことはねぇだろ?」
「だだだ、だって・・・アリオスってば、いきなり、なんだもん!」
「綺麗だな」
「えっ? うん、そうだね」
二人は、シンシンと降る雪を眺めていた。
―― 空に光る雪は まるで天使の 白い羽根 ――
―― 世界中の 誰もが 待っている この日だけの魔法 ――
<おしまい>
<後書き(か?)>
今回はクリスマス創作を二本立てで書いてしまいました。
こちらはキリ番創作のお礼創作です。
RYO様のリクエストに沿えるように書けたと思います。
最後の二つの歌詞はクリスマス・ソング(しかも、かなりマイナー)から使わせていただきました。
一つは、「空に光る〜」は「魔法騎士(マジックナイト) レイアース」の『聖夜の天使たち』の歌詞からです。
もう一つは、「デジモンアドベンチャー02」の『クリスマス ファンタジー』に収録されている一曲『天使の祈り』の歌詞からです。
是非、一度聞いてみてください。
今回の創作は、ラブラブの甘甘に出来たかな・・・・・?
感想、批評なんて来い、です。(開き直り)
ではまた。
十分、ラブラブの甘々です。アリオス、素敵だしねぇ……。(RYO)