女神に仕える天使たちの住まう天界。そこは穏やかな気候に包まれた、まさしく楽園であった。
「ロザリア。アンジェリークは幸福そうですか?」
「え?」
女神の補佐官であるディアに突然呼び出されたかと思うと、切り出されたその言葉にロザリアは答えを図りかねる。
何らかの手違いで、人間界に降りてしまった天使の名はアンジェリーク。ロザリアと時を同じくして生まれた、魂の
近い存在である。
「それはどういう意味なのでしょうか?」
ロザリアのその問いにディアのかわりに天界の賢者との呼び声も高いルヴァが一冊の本を開いてみせた。
「ええとですねぇ、天界の天使が人間界に降りてしまうのは、けっして例かなかったことではないんですよ〜。何かの
導きにですね、稀に天使と出会う人間もいるわけなんですよ〜」
「何かの導きって…、そんないい加減なことでいいんですの?!」
「はは、手厳しいですねぇ〜」
本来なら、天使としての格はルヴァが上なのだが、本人はのほほんとして、気にはしていないようだ。ゆったりと、諭す
ような口調で言葉を続ける。
「でもね、ロザリア。私は思うんですよ。過去に例があるとは言っても天使が人間界に降りるなんて、滅多にないことです。
まして、人間界に住む人間同士の偶然の出会いは砂粒の確率です。人間と天使ならば、それよりもずっと難しいでしょう。
満天の星空から、たった一つの星を探すようなものかもしれません」
「それがどうかしたんですの?」
「そんな滅多にない出会いだからこそ、意味があるとは思いませんか?」
おっとりと続けられるその言葉ではあるが、ロザリアは引きはしない。
「だから、何だとおっしゃりたいのですか? それにあの子の幸福と何の関係があると?」
「もし、アンジェリークが幸せなら、それは女神の意思による導きかもしれないんですよ〜」
「女神の意思……?」
伝家の宝刀を出され、ロザリアは戸惑いを隠せない。
「じゃあ、アンジェリークが人間界に降りたのは、女神がなされたことだとでも、いうのですか?!」
「いえ、そういうことを言ってるんではないんですがねぇ」
「では、どういうことですの? 天使が本来いるべきはこの天界のはずです。それに必要最低限でしか、人間との接触も
許されていませんのよ。あの子が今、人間界にいて、幸せかもしれませんが、本来、存在するべき場所にいてこそ、天使は
幸福なのではありませんか!」
あくまでも頑ななロザリアにルヴァとディアは苦笑する。埒があかないといったところであろう。
「ロザリア、あなたの発言は正しいとは思いますよ〜。ですがね、そう杓子定規で計れないこともあるんです。大切なことは
今、人間の元にいるアンジェリークが幸福であるか、ですから」
「私は納得がいきませんもの。ですから、あの子が幸せかどうか、報告できることはありませんわ! 失礼いたします!」
そう言い切ると、ロザリアは部屋を飛び出してしまう。
「私の説明では、不満があったんでしょうかねぇ……」
「まさか。ロザリアもきっと本当のところは判っているのですよ」
「ジュリアスとまったく同じ意見でしたし、ロザリアは将来はああなるんですかねぇ」
「まぁ」
その言葉にディアはクスクス笑い出す。その頃、天使長であるジュリアスがくしゃみをしたかどうかは定かでない。
「時を同じくして生まれた天使同士ですからね。特別な思いもあるのですよ」
「それに報告書で見ましたけど、可愛らしいですからねぇ。独り占めは許せないんでしょうね……」
全て、お見通しだと言うように、二人クスクスと笑いあう。伊達に長く生きていない。天使の羽の他に何か目に見えない
オプションがついているかもしれない二人であった。
「何よ、ディア様もルヴァ様も!」
部屋に戻ったロザリアは苛立たしげに枕を叩き付ける。八つ当たりなのはわかってはいるが、そうしないと、感情が収まらな
い。
「何を考えてらっしゃるのかしら……」
もし、アンジェリ−クが幸せだと判断したなら、そのまま人間界に置くつもりなのだろうか。そんなことは許せない。
「アンジェリ−ク……」
ふと、目をやった方向にはアンジェリ−クが作ってくれた花冠がある。すっかり、ドライフラワーになっていたが、ロザリアに
とっては大事なものである。
小さな手で一生懸命作ってくれた。ロザリアのために、だ。そんな優しく無邪気な、自分の半身とも言える存在をそう簡単に
扱ってもらいたくない。
「皆様が動かれないのなあ、私が……」
そう呟き、唇を噛み締める。その表情はひどくすがすがしく、それでいて、意志の強さを秘めたものであった。
ルヴァ様かけて、楽しかった……。
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