女の子のプライド
日の曜日の早朝。アンジェリークはエプロン姿でキッチンという名の戦場で格闘していた。
「えっと、これはこうして……」
色々な種類のサンドイッチに唐揚げ。トマトを器にしたミニサラダ。綺麗に焼けた卵焼き。
「おはよう、アンジェ!」
元気のいい声がキッチンに響く。
「おはよう、レイチェル」
「キッチンから、いい匂いがすると思ったら、アナタだったんだね〜」
「一つ食べる?」
「食べる、食べる〜!」
勧められて、遠慮などをしては、罰が当たるので、遠慮なくレイチェルはサンドイッチを口にする。
「どう?」
「バッチリ! すごく美味しいよ」
「よかったから!」
とりあえず、親友からお褒めの言葉を預かり、ホッとする。
「で、お弁当を持って、今日はどこへ出掛けるの?」
日の曜日は育成も学習もお休み。女王試験の頃を思い出すが、あの頃と今とでは状況は遥かに違う。
今、アンジェリークたちがいるこの地、アルカディアを育成し、未来の宇宙を救うこと。それができるのは謎の存在、エルダと
意思を交わせるアンジェリークのみ。普段は育成、学習に走り回っているアンジェリークに日の曜日はきちんと気分転換をする
ように、と金の髪の女王は告げている。
「うん。今日は天気もいいし、約束の地でピクニックもいいなって……」
「で、手料理でご馳走?」
「ご馳走ってほどのものじゃないけど、外で食べるお弁当って、美味しいし……」
約束の地には小川も花畑もあるので、確かにちょっとしたピクニック気分に浸れる。
「ま、それはイイけど。自分自身までご馳走はないよね?」
「ちょっと、レイチェル!」
「ヤダ、冗談だってば!」
あっけらかんと笑うレイチェルに内心で焦る。今から、会いに行く人は親友兼女王補佐官である彼女にも内緒の人。そして、
その言葉が洒落にならなかったりもするのだから。
「でも、良く食べる人なんだね」
「あら、そうかしら?」
「そうだってば! この量だよ?」
テーブルの上には、確かに二人分にしては大量の食料。
「あ、違うわよ。まだ詰めてないだけなの。ちょっと、待ってね」
バスケットを二つ取り出して、そのうちの一つに手早く詰めてしまうと、蓋を閉めて、レイチェルに差し出す。
「え?」
「これはレイチェルの分よ。エルンストさんと食べてね」
「ワタシの分も?!」
驚きつつ受け取るレイチェルにアンジェリークは大きく頷く。
「うん、チーズのサンドイッチ好きだったでしょ? 野菜サンドもあるから。栄養的には問題はないと思うわ。低脂肪のミルクは
冷蔵庫に有るし、野菜ジュース作るなら、まだ材料はあるから」
「嬉しい! 私の好きなもの覚えててるくれてるんだもん!」
「レイチェルはいつも頑張ってるもの。たまにはこういうのもいいでしょ? 手間もかからないから、エルンストさんも大丈夫だと
思うし」
「ありがとう! 持つべきものは親友だよネ〜」
ありがたく受け取るレイチェル。エルンストほどではないが、彼女も時間のかかる食事はあまり好きではないほうで。作って
もらえるのはありがたい。
「じゃ、行って来るね」
自分の分のお弁当とホットコーヒーの入った水筒を詰めてしまうと、簡単に身支度を整える。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
レイチェルに見送られて、アンジェリークは約束の地に向かった。
「アリオス〜」
「よう、来やがったな」
約束の地でのいつもの邂逅。アンジェリークにとっては大切な時間。
「何なんだよ。その荷物」
「お弁当を作ってきたの。あとで一緒に食べよ?」
「あ、ああ」
満面の笑顔を浮かべて、バスケットを見せてくる。その迫力にたじたじになる。気合の入りか違うとでも言うのだろうか。
「じゃ、とりあえず、その辺を歩くか……」
「うん」
いつもの通りに約束の地と森の方を会話しながら、散歩する。何気ないけれど、幸福な光景。アリオスと過ごす時間の流れ
方はかなり早くて。いつしか。太陽が真上に昇る時間になる。
「これ、全部、おまえが?」
木陰の下で広げられたお弁当にアリオスは簡単のため息をつく。
「コーヒー、入れるね」
紙コップに二人分のホットコーヒー。色々な種類のサンドイッチにおかず。デザートにはうさぎカットされたりんご。
「食べてね♪」
「ああ」
薦められるままにサンドイッチを手にする。まずはオーソドックスな卵サンド。
「ま、悪くはないんじゃないか?」
「そうなの?」
「ああ、まぁな」
そう言いながらも、手は二つ目のサンドイッチに伸びている。だが、一挙一動をみるような目つきで見られると、食べにくい事
この上ない。
「お前は食わないのか?」
「あ、食べるわよ」
「だよな。いくら俺でもこの量は辛いぞ」
黙々とサンドイッチを食べ始めるが、それでもアリオスを伺う様子はかわらない。意図するところがわからず、アリオスは食べる
手を止める。
「何か言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれ。でないと、飯もおちおち食えねぇ」
「あ、ごめんなさい……。その、味、どうなんだろうなって思って……」
「あのな、そうまじまじ見られて、味わえるわけないだろうが……」
「ごめんなさい……」
アリオスの言葉にうつむいてしまうアンジェリーク。
「まずくはねぇよ。食える味だとは思うぜ」
「そう……」
まずくはないということは、特別美味しいわけでもないという事。そういうことなのだと思うと、悲しくなる。
「でもな、お前はやる事があるんだろ? こんなもの作るのに早起きして、睡眠時間削ってるってのなら、必要ないぜ」
「何、それ……」
「言葉通りだろうが。日の曜日は心身ともに休息する日だろうが。こんな事で睡眠時間削って、俺の反応見るのに神経を費やす
必要はないってことだ」
その言い方にアンジェリークは唇を噛み締める。朝早くおきて、一生懸命作ったのだ。それをそんな言い勝たされる事で、痛く
傷ついてしまう。
「何よ。口に合わないのなら、はっきりとそう言ってよ。遠まわしに言われるのって、すごく嫌みじゃない!」
「おい、何、曲解してんだよ。俺が言いたいのは……」
ただ事でないアンジェリークの態度にアリオスは慌てる。
「いいわよ。どうせ、私が作るものは手が込んでないわよ! ラムのシチューだって作れないし、香草入りのソーセージだって
作れないわよ!」
ぽろぽろと涙をこぼして。自分でも言ってることが支離滅裂だってことはわかる。
「アリオスの馬鹿〜」
言うだけ言うと、アンジェリークは駆け出してしまう。
「馬鹿……」
反射的に追いかけると、すぐにアンジェリークは捕まってしまう。
「離してよ。もう帰るわよ。疲れを取るのよ〜」
「どうせ、帰ったら泣くんだろうが。疲れが取れるか……」
そう言って、強引に振り向かせて、口づける。聞き分けのない相手を黙らせるのにはとても有効な方法。
「ん……」
アンジェリークの身体から力が抜け、アリオスに身を預けるまで口づけは続けられる。ようやく唇が離れた時には、グッタリと
していた。
「まずいか?」
「?」
「お前が作ったもんの味だ。自分の味覚に自身がないってんのなら、話は別だがな」
その言葉に再び傷ついたような顔をする。アリオスは大きくため息をつく。
「悪かったな。言葉が足りなかった。だがな、お前にはやることがたくさんあるだろ? 俺のために自分の時間を削らせるのは
悪いと思ったんだ」
「アリオス……」
「口に合わなかったら、食わねぇよ。それくらい察しろ」
そう言って、額にデコピン。痛さに顔をしかめるアンジェリーク。
「だって、男の人って料理が上手な女の人がいいんでしょ? アリオス、ラムのシチューのこと誉めてた。食べさせてくれる人が
いたのよね……?」
そう言って、うつむくアンジェリーク。女王なんて肩書きは恋には関係ないし、通用しない。恋はどんな人間にも平等なもの。
アリオスをつなぎとめる自信なんてあるはずもない。
「妬いてんのか?」
「――!」
その言葉に真っ赤になり、うつむく。そうアリオスの指摘の通り。アリオスが誉めた料理を作ってあげた人間に、自分でも醜い
感情と思いつつ、対抗したくて、お弁当などを作ってみたりしたのだ。
「ラムのシチューを食わせてくれたのは、俺が間借りしてる老夫婦の家のばあさんだ。いわゆる郷土料理で、“お袋の味”って
やつか? 俺には縁がないものだったしな」
「本当に……?」
「ああ。今度、食わせてもらえよ。お前も気に入るからな」
その言葉にようやくかたくなな態度が解けて行く。
「じゃ、食事の続きだ。無駄な運動をしたからな。全部食わなきゃ、腹がもたねぇよ」
「もう……」
「あと、デザートは別にもらうからな」
「りんごがあるじゃない……」
あまり甘いものは食べないだろうから、果物にしたのに。それでは足りないのだろうかと、首を傾げる。だが、そんなアンジェ
リークにアリオスはニヤリ、と笑う。
「俺が食いたいのはこっち」
そう言うと、アンジェリークの頬をぺロリ、と舐める。
「あ、アリオス?!」
途端に真っ赤になるアンジェリークにアリオスは満足げな顔。その瞳は肉食獣のそれによく似ていた。
アリオス限定キリ番41527番を踏まれたサミー様様からのリクエスト。嫉妬するアリオスかアンジェの話です。トロワで引っかかってた事が
あったので、こうしました(^_^;)
<贈り物の部屋へ>