願い
 伝説のエトワールという大役を引き受けたエンジュは今日も二つの宇宙の聖地を走り回り、宇宙を駆ける旅をしている。一生懸命かつ鮮やかに駆け回る姿はまるで流星のようだ、とは誰ともなしに思うところである。
 実際、エンジュの働きにより、守護聖は集結してきたし、サクリアが宇宙のあちこちに流れてゆくことで、聖獣の宇宙は安定し、女王にかかる負担はかなり軽減されていた。


 ようやく落ち着けるようになったアンジェリークは何と無く白の中庭に行ってみたい気がした。気分転換に散歩なんて、久しぶりかも知れない。
(あら……)
 中庭に出ると、見慣れたおさげの少女が歩いてくるのが見えた。
「エンジュ!」
「あ、陛下! こんにちは〜」
 ブンブンと笑顔で手を振ると、エンジュはアンジェリークのところまで走ってきてくれる。
「お散歩ですか、陛下?」
「ええ。天気もいいし。あなたが頑張ってくれているから、こんな風にゆったりできるの。いつも、ありがとう」
「やだ、陛下。私なんかまだまだですよ〜」
 女王に直接礼を述べられることにエンジュはひどく恐縮するしかない。どちらかと言えば、楽しくて仕方ないとすら思えるのだ。
「これから、レイチェルのところに?」
「いえ。星系を回った報告が終わったので、これからアウローラ号に戻ろうかと思って」
「じゃあ、少しいい? 私にもお話を聞かせてくれる?」
「え?」
 戸惑うエンジュにアンジェリークはにっこりと微笑する。
「報告だけじゃ、わからないこともあるし、あなたの目から見たこの宇宙の感想を聞いてみたくて。私は直接見ることは出来ないし……」
「陛下……」
 大役を任せておいて、こんなことを言い出すなんてわがままなことだとは思うけれど。報告書だけでは見えない、エンジュの率直な感想を聞いてみたかった。
「そうですね。私、いつもわくわくしてます」
「わくわく?」
「訪れる度に守護聖様たちのもたらすサクリアが星の人たちに幸福をもたらしてるみたいで。いつも、違う顔をした星になっていて、次に訪れる時はどんな風になってるんだろうって。陛下や守護聖様たちに見せてあげたいって……」
 キラキラした瞳でエンジュは語る。冒険者の瞳は無限の宇宙を駆ける翼となるのだろうか。
「ありがとう……」
「やだ、お礼を言われることじゃ……」
 アンジェリークの言葉にエンジュは首を振る。
「ううん。そういう意味じゃなくてね、この宇宙を好きになってくれてありがとう……」
 未発達なこの宇宙を無関係なはずのこの少女が慈しんでくれているのが、嬉しい。
「はい。私、この宇宙だけじゃなく、陛下もレイチェル様も守護聖様たちも大好きです。だから、頑張れるんです」
 勿論、タンタンもですけど、とくったくなくエンジュは笑う。
「頑張るのはいいけど、無理はしないでね」
「私は平気です。陛下こそ、無理はなさらないでくださいね」
 明るく返されてしまい、アンジェリークは何とも言えない気分になる。反論など、できるはずもない。何と言葉を返せばいいのか、思案すると、不意に背後から気配がした。
「確かにそいつのいう通りだな」
「え?」
 この声を聞き間違えるはずもない。振り返れば、金と緑のオッドアイと視線が絡む。
「アリオス……。いつ帰ってきたの?」
「今さっきだな。昼寝しようと思ったら、お前らの話声が聞こえてきたんだよ」
「それなら、先に報告に来てくれたって……」
「いいじゃねえか、結果的にここに来たから、おまえがここにいたんだから……」
 二人の会話を聞いて、エンジュはクスクスと笑う。
「じゃあ、私。行きますね。アリオスさん、陛下への報告とお昼寝ごゆっくり」
「エンジュ?」
 クルリと踵を返したエンジュはにっこりと笑顔で振り返った。
「陛下、またお話しましょうね☆」
 それだけを言うと、軽やかな足取りでエンジュは去っていった。
「エンジュってば、もう少しお話したかったのに……」
 少しばかり唖然としつつのアンジェリークに対し、アリオスは軽く肩をすくめてみせる。
「俺たちに気を遣ったんじゃねえのか?」
「気を遣わなくてもいいのに……。三人でお喋りも楽しいわよ」
「あてられる趣味があったら、それはそれでどうだよ」
 せっかくの二人きりの時間だぜ?と、付け加えると、それもそうね、とアンジェリークはうなずいた。
「立ち話も何だしな、そこのベンチに座れよ」
「うん」
 言われるままにアンジェリークはベンチに腰かける。隣にはちゃんとアリオスが座れるスペースをとって。
「もう少し、端に座れよ」
「え、いいけど……?」 よくはわからないまま、アンジェリークはベンチのはしに腰かけ直した。
「じゃあ、俺は休ませてもらうか」
「アリオス?」
 アンジェリークが反応するより先に、アリオスはベンチに寝転がる。頭の位置はちょうどアンジェリークの膝の上。
「ちょっと、アリオス!」
「報告と休息を兼ねてんだよ。あいつだって、昼寝と報告をしろって言ってくれたじゃねえか」
「でも、膝枕じゃなくても……」
「これが一番落ち着くんだよ……」
 どうあっても、膝枕をやめるつもりはないらしい。
「もう、仕方ないわね……」
 軽く溜め息をついて、アンジェリークはアリオスの頭に手を伸ばした。
「ふふ……」
 優しく頭を、髪を撫でてやる。艶やかな銀色の髪は撫でていて気持がいい。
「おかえりなさい、アリオス……」
「ただいま……」
 互いに言ってなかった挨拶を交わしあって、クスリと笑いあう。
「さっきの話だけどね、アリオスも無理はしないでね……」
「馬鹿……。俺にはこうやって、羽根を止めて、安らげる場所があるんだ。だから、俺はいいんだよ」
 こうして、安らげる場所が、帰るべき場所がここにある。だからこそ、目の前の天使のためになら、何でもできるのだ。
「アンジェ……」
 頬に手を伸ばすと、困ったように真っ赤になって。それでも、愛しさをその瞳に映して、アンジェリークはアリオスの顔を覗き込むような体勢になる。
 交わされる甘い口づけは互いが待ち望んでいたもの。言葉では伝えきれない愛しさを形にするために……。
「いつか、私も自分の目でこの宇宙を見たいなぁ……」
「連れていってやるよ……」
 今はまだ叶えることは難しいけれど、きっと叶うはず。そう信じて。約束の言葉のかわりに二人は再び唇を重ねあった。

本当はレオナードも絡むはずでしたw 削ったシーンは某創作を参考にしてくださいw