眠りに寄せて
ぽっかりと、夜中に瞳を開けてしまう瞬間というものが、昔からあった。
その時私は熱を出していたので、その人の顔が見えたのはきっと、ぼんやりした頭が嬉しい夢を見せているのだと思った。
「……おか、えりなさい……」
あんまり嬉しかったから、寝ているのが勿体なくって起き上がろうとするのに。
「馬鹿。熱出してるんなら、動くな」
肩をぎゅっと押さえられてしまって、私はあっけなくベッドに押し戻されてしまう。
ずるい。
私の視界は熱でうっすらと霞がかっていて、あなたの顔がよく見えないの。
ずるい、ずるい。
あなたばっかり私を見てて。私にはあなたが見えないの。
いつから言葉に出していたのだろう?
「……ほら、これで見えるだろ?」
仕方ねぇなと言いながら、あなたの顔がふわっと間近に降りてきた。
……あなたの匂いがする。頬に触れる大きな掌が、少し低めのあなたの体温を、火照った私に伝えてくれる。
「ゆめ、だよね?」
「……ああ。今夜だけの……お前だけの夢、だ」
なあんだ。やっぱりそうなのね。
でも、それでもいいや。
だってあなたが私の目の前に居てくれて。闘いの最後になって風邪なんてひいてしまった私のことを、きっと心配してくれてて。
これ以上、何を望むのだろう。
あんまり嬉しいから。幸せな夢だから。
どうかこのまま醒めないでいて。
私がこの夢の中で、なおも夢に入ってゆく、その瞬間まで。
「アリオス、辛い思いをしてないかな……?」
あなたの掌に頬ずりしながら、一番気になっていることを口にしてみる。
あなたは呆れた様に笑った。
「お前な。どうしてそんなに甘いことばっか言えるんだ」
そうかな?
「そうだ。……俺はお前たちを裏切った、卑劣な憎むべき敵、だろう?」
ふふ。
「おい、何を笑ってる」
だって、おかしいんだもの。あなただって、『敵』の私のこと、こうして心配してくれてる。
「これは夢だと、先刻も言っただろう……」
それでもいいんだもん。あなたはそういう人だったって、私は思ってるんだもの。
「…………」
それにね。私はあなたのこと、敵だなんて思ってないもの。
「何故?」
理由なんて必要かしら。あなたを敵だと思えない、ただそれだけのことよ。
「だから甘ちゃんだって言うんだよ、お前は。そんなことで俺を倒せると思ってんのか?」
うん。それでいいの。
「……?」
いいよ。アリオスがこの宇宙を返してくれるなら、私の生命でもなんでもあげる。
「なっ……、アンジェリーク!?」
全部全部あげる。私があなたにあげられるものは全部。
この闘いを今まで生き延びてきたことこそ、奇跡に近い。
それもこれも全部、あなたが私を護ってくれていたからでしょう?
だったら何をためらう必要があるの。
私ひとりの問題で済むのなら。
どこにためらう必要があるの……?
……苦しいよ、アリオス。そんなにきつく、力を入れないで。息ができなくなってしまう。
「……それもいいな。このままお前を攫っちまおうか?」
ーーーどうしてそんなに哀しそうな声で、あなたは私を抱きしめているの。
肩越しに見える天井と、間近で揺れる銀の絹糸。差し込む月光がゆらゆらと揺れて。
あなたのぬくもりに包まれて。
自分ばかり抱きしめられているのが嫌で、だるさの残る腕を必死に動かし、あなたの背にそっと回す。
醒めなければいい。この優しい夢が。
……どれくらい、そうしていたのだろう。
「アンジェリーク」
低い声が私の名前をなぞる度、私がどんなに嬉しかったのか、きっとあなたは知らない。
「これは夢だ。……だから、どんなに無意味な言葉でも、大人しく受け取っとけ」
簡単に私の手を包み込んでしまう、大きな掌。それがとても優しいのだと、知っているのはきっと私だけ。
薄い唇が、……指先に触れて。
「愛している」
あなたの吐息が、私の爪に触れて。
「……もう、眠れ」
瞬時に甘い毒が身体中を駆け巡り、私を夢の中の更なる夢へと誘い込む。
やっぱりあなたはずるい。
もう少し、一緒に居たかったんだけどな……。
「傍に居てやるから、この夢の中では……」
……ほん、と……?
「ああ。だから、眠れ」
……うれ……し……、…………
「……我が女王よ……」
そうして私は堕ちてゆく。夢の中の、そのまた夢へと。
あなたに見守られながら。
苦しいほどの幸せを感じながら。哀しいほどのあたたかさを感じながら。
……それは、愛しき幻。
Fin.
由宇様の<ANGEL LOUNGE>で36000番のキリ番を踏んでいただいた創作です。すごく、幸せで綺麗な話をありがとうございます。
「アンジェリークの爪先に口付けるアリオス」などと、むちゃくちゃな注文をした極悪な私に、まるで御本人の描かれるアンジェのように慈悲
深くお答え下さって……。手でも、いいです…。