Cage
この人は私が好きだ……
そうアンジェリークが自覚したのは女王試験に慣れてきた頃。
「やぁ、アンジェリーク」
「セイラン様」
見た目は極上の美貌を持ちながら、口を開けば、辛辣な言葉を投げかける。気紛れでプライドが高く、しなやかで。まるで猫を
思わせる。
『セイラン様って、すっごくきっついよねぇ〜』
ライバルの天才少女であるレイチェルですら、半分、音を上げかけたことのある相手だ。一筋縄な性格ではない。だが、アンジェ
リークとの場合は違っていた。
『君と一緒にいると、とても楽しくて、飽きないよ』
『君の輝きは人を魅きつけて止まないね。この僕ですら、だ』」
『君と過ごすこの時間はどんなにあっても、短く感じられるね』
繰り返される言葉。そして、笑顔。シニカルな笑顔しか見たことがないと言うものがいる中で、アンジェリークだけに向けられる
笑顔。それは何よりの好意の現れだから。
誰だって、自分に好意をよせられては、悪い気がしない。そのため、必然的にセイランと過ごす時間が長くなる。日の曜日には
たいてい、セイランが訪ねてくるし、時々、平日の曜日にも。彼と二人で過ごせば過ごすほど、彼の好意を感じるから。
いつしか、セイランと過ごす時間はアンジェリークにとっても楽しいものになっていた。
だが、物語にはいつしか終幕が訪れる。この二人のこの時間にも。
王立研究院にアンジェリークは育成物の様子を見に行くと、そこにはセイランの姿があった。
「今日は、セイラン様」
「……ああ。君か。試験は順調のようだね」
「ありがとうございます」
笑顔を返すアンジェリークに対し、セイランはふっ…と溜め息を吐く。
「セイラン様?」
「熱心だよね。ああ、そうだね、君は女王になるんだものね」
切ない表情にアンジェリークの胸が痛む。現在、育成している新宇宙の惑星の数はアンジェリークの方がレイチェルを上回って
いる。もう少ししたら、新宇宙に惑星は満ちる。そうすれば、新宇宙の女王は決まり、この女王試験は終わってしまうのだ。
「セイラン…様……」
何か言おうとするアンジェリークにセイランは微笑み一つで言葉を封じる。
「ああ…ごめん。君を困らせるつもりはなかったんだ。君は女王になる人だ。こんなことを言って、縛っちゃいけないんだ」
クルリ…背中を向けて、去ってゆく。追いかけることもできず、アンジェリークはその後ろ姿を見送る。
(……私?)
息ができないくらいに苦しい。気持ちが混乱している。女王になるために、今まで女王試験を頑張ってきた。その筈なのに……。
「セイラン、様……」
その名を呟いたとき、アンジェリークの瞳から、無意識に涙が零れ落ちた……。
数日後、オスカーの炎のサクリアが新宇宙に送り届けられた瞬間、新宇宙に惑星は満ち、女王試験の終了となった。
(私…女王になるんだ……)
ズキズキと胸が痛む。あれから、セイランとは会っていない。学芸館に足を運ぼうとは思うのだが、足が動かない。行ったとしても、
会えたとしても、言うべき言葉が思いつかない。
(私、どうしちゃったんだろう……)
心に宿る大きな戸惑い。女王試験に勝利し、明日には女王の宣誓を行なうのだ。そのために、今まで頑張ってきたはずなのに。
(……私、)
無意識にアンジェリークの足は学芸館に向かっていた。
セイランの執務室の前でアンジェリークの足が止まる。ノックをすべきかどうか。自分でも分からない。この扉を開けてしまえば、
もう戻れない。そんな気がして。
(何してるんだろう…私……)
今なら、戻れる。今、引き返せば……。
ノックをするために、上げかけた手を引こうとする。だが……。
パタン……。不意に扉が開く。現れるのはどこか穏やかな顔をしたセイラン。
「開いてるのに、どうして入らないんだい? 僕に会いに来たんだろう?」
「セイラン様、私……」
「さ、入りなよ」
有無を言わさず、部屋の中に入れてしまう。ガチャリ…鍵が閉められる音にアンジェリークは身を竦める。
「すみません…私、押しかけちゃって……」
言うべき言葉が見つからない。何を言えばいいのだろう。だが、セイランはどこか超越した笑みを浮かべている。
「セイラン、様?」
笑っているはずなのに…どこか恐い。けれど、逃げ出すこともできない。
「君が来たのはね…必然なんだよ」
「必然?」
この人は何が言いたいのだろう。言葉を探すがうまく紡げなくて。何度も口をぱくぱくさせる。セイランはそんなアンジェリークに鮮やかに告げてみせる。
「だって…必然だろう? 君が僕を好きなんだから」
さも当然である…と言うようにセイランは答えてみせる。
「私…が……?」
「そうだよ。だから、今、僕のところに来たんだろう? 明日になれば、君は女王だ。女王候補である今のうちに……」
吸い込まれそうな藍の瞳。鮮やかすぎるセイランの笑顔。引き込まれる。
「おいで……」
ス…と、手を伸ばす動作は、何よりも優雅で。彼の存在こそが、神の作りたまうた芸術…そんなことすら感じさせるほどに。
「あ……」
喉がカラカラニ乾く。何かがおかしい。そう思いはしているけれど、何がおかしいのか分からなくなっている。グルグルと巡る思考。
足が動かない。前に進むことも、会とに戻ることもできない。今のアンジェリーク自身の心のように。
「仕方ないね……」
口調とは裏腹に、どこか楽しそうに微笑んでセイランはアンジェリークの手を取って、引き寄せ、自分の腕の中に閉じ込める。
「君は僕の傍に居ればいい。愛するもの同士が結ばれないのは、不自然なんだよ?」
「愛する……?」
「そうだよ。僕は君を愛していて、君も…だ。いくら陛下でも、そんな無粋な真似はなさらないよ」
だから、安心してもいい…そう告げて、セイランはアンジェリークに口づける。ひどく甘く感じるそれに、アンジェリークは何も考え
られなくなってくる。
藍の瞳に捕えられ、どこまでも思考の迷宮をさまようしかない。
「君を…愛しているよ……」
藍の瞳は甘い鎖となり、天使の羽根を一枚ずつ、絡めとってゆく……。
鮮やかな月光が差し込む部屋の中。セイランの色に染め上げられた天使は今はムリの中。その様子を見て、セイランは満足げに
笑う。
「君が、僕を好きになったんだよ……」
天使を捕えるために…天使に捕われた振りをした。そうすることで、天使の関心を自分だけに向けさせるために。
「やっと…捕まえた……。大事にしなきゃ、ね」
昏く、だが、鮮やかにセイランは微笑する。至高の座に着くべきだった少女はもういない。哀れにも、罠にかかり、捕われたしまった
堕天使がここにいる。
それが幸福なのか…不幸なのか、誰にも計れない。だが、確かに、愛し、愛される恋人たちの姿はそこに完成した……。
26000HITを踏まれたまどか様からのリクエストのセイラン×コレット創作。壊れたカンジの話です。ゴメンね、裏でなくって〜。
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