Before Sweet


 甘い香りがキッチンに広がる日曜日。
「ゴメン、今日はリビングで食べてね」
 トン…、作りおきをしておいた皿を置くと、台所に戻ってしまう。毎年、バレンタインの時期はこうなってしまう。医院のメンバーと
常連と化している、二人組。そして、カインの分。人数分のチョコレートを用意しているのだ。ましてや、年齢層も広いので、色々と
材料が用意されている。学校で女の子同士で持ち寄って食べる分も含め、かなりの量だ。女子校の生徒のやる事はイマイチわか
らないアリオスであった。ただ、リビングまで漂ってくる甘い香りに胸焼けをしそうな自信はある。

(しかし、毎年良くやるもんだ……)
 半ば、社交辞令と化しているその行事に何処か楽しそうに準備をしている様子は可愛いとは思う。だが、せっかくの休日を一人で
ぼんやり過ごすのもつまらなくて。アリオスはソファから立ちあがった。

「美味そうな匂いだな」
「アリオス?」
 何時の間にか台所に現れたアリオスにアンジェリークはきょとんとする。
「いい酒使ってんじゃねぇか」
 先ほどから漂ういい香り…アリオスにとってのいい香りは上等のブランデー。お歳暮にもらったものである。料理用にとアンジェ
リークが台所に何本か持って行ってしまったのだ。

「まだ作ってんのか?」
「うん。学校で食べる分と、ショナとルノーの分は作ったから。後のみんなの分」
「お子様向けはもう終わったのか」
「うん。今、アリオスの分も作ってるの。味見してみる?」
 固まる前のチョコレートをスプーンにすくって、アリオスに差し出す。ブランデーのいい香りが鼻孔をくすぐる。
「美味そうだな」
「当たり前じゃない」
「じゃ、遠慮なく……」
 だが、アリオスが唇を寄せたのはスプーンではなく、アンジェリークの唇。
「ん……」
 唇の周囲を軽く嘗め、微かに開いた口内に舌をもぐりこませて。味わうように深く口づける。身じろごうとする身体は簡単に押え
つけられて。すっかり、力を失った体を預けるようになると、ようやくアリオスはアンジェリークを解放する。

「何するのよ……」
「もうちょっとブランデーが効いていたほうが俺の好みだな。でも、まぁ、美味い」
「こんなの味見じゃない〜」
 真っ赤になって抗議するが、それはあまり意味がない事に気づいてもいない。帰って、誘っているようにも見えるのだ。
「じゃあ、もっと味わってみればわかるか?」
 グイッと、顎を持ち上げられるのを必死で頭を振って抵抗する。
「ダメ! チョコレートが固まっちゃう〜」
「ち、つまんねぇな」
 軽く肩を竦めて、少女を解放する。このまま手を出しても構わないが、これでチョコレートが台無しになろうものなら、少女だけ
でなく、もらうはずの相手にもある程度の報復を受けるのは承知しているから。

「ま、楽しみは後に取っとくに限るな」
 クク…と、危険な笑みを残して、立ち去るアリオスにアンジェリークは思いっきりきつい視線を投げつける事しか出来なかった。

 そして、バレンタインデー。それぞれにチョコレートが贈られる。
「アンジェ、美味しいよ。ブランデーもきつくないし」
「ありがとう。ジョヴァンニ」
 早速、箱を開けて、一つ口にしてくれたジョヴァンニの感想に嬉しそうにアンジェリークは笑う。
「そりゃ、味見役の俺のおかげだな」
「アリオス〜!」
 含み笑いとともに残して行った言葉に真っ赤になるアンジェリーク。
「ど、どうして、味見くらいでそんなに怒るんだろう……」
「……ルノー。知らなくてもいい事が世の中にはあるんだよ」
「ふぅん……」
 ルノーとショナの会話。ルノー以外のメンバーはある程度の事情を察して、苦笑する。
「あてられないうちに、とっとと帰るか……」
「そうですね……」
 すたすたと帰り支度をして去ってゆく面々。彼らはある意味、賢明なのである。

 そんなメンバーの気遣いのもとに過ごしたバレンタインの夜は…二人にとっては甘いものなのであった。
 

久々の二人です〜。いや、楽しい。バレンタインデーでも、相変わらずかい、あんたらは……。

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