As Sweet As …


 宮殿中が浮き足立っている…そうアリオスが感じたのはまだ春を待つ季節のこと。男性たちはそわそわと、
女性たちはこそこそとどうも落ち着きがない。

「ああ、バレンタインデーが近いのよ」
 そう教えてくれたのは女王補佐官であるレイチェル。
「何だ、それは?」
「当日になればわかるよ。アナタにはアンジェがいるからね、ダンナ様」
 悪戯っぽく笑って、レイチェルはそれ以上答えてくれない。何も知らないまま、アリオスは数日を過ごしていた。

 一方アンジェリークの方はというと……。
「これ…甘すぎるかなぁ……」
 焼き上がったばかりのチョコレートケーキを軽く試食して、アンジェリークは溜め息を吐く。バレンタインデーは
近い。…ということで、女王の公務の合間にアリオスへのチョコレートケーキを焼いているのである。思いが通じ
あってはても…やっぱり、カップルにはラブラブなイベントは必要なのである。

「絶対、『酒のほうがいいのに』とか言いそうよねぇ……」
 実際にはアンジェリークの作ったチョコレートケーキはブランデーをきかせ、甘さ控え目のシックな味わいなの
である。だが、好きな人には美味しいものを食べさせたい…そう思うと、自分の作るものに自信がなくなってゆく
複雑な乙女心なのであった。


 そして、バレンタインデー当日である。
「ええ、渡さないって?」
「うん……」
 奇麗にラッピングされた箱を片手に溜め息を吐くアンジェリーク。
「だって…喜んでくれるか分からないし……」
「何言ってんの。ダンナは絶対喜ぶって。試作品、美味しかったんだから」
「ごめんね…突き合わせて……」
 チョコレートケーキの味見をレイチェルは快く手伝ってくれた。
「そう思うんなら、ちゃんと渡しなさい。でないと、ワタシが食べちゃうよ」
 そう言って、箱を取り上げる振りをすると、必死でアンジェリークは箱を取り返す。
「それは駄目〜」
「ほら、本音が出た」
「〜〜」
 すねたような瞳でレイチェルを見つめるアンジェリーク。とても、レイチェルより年上には見えない。まして、この
宇宙を司る女王陛下と女王補佐官に見えるはずもない。

「アナタってば、普段は勝ち気なくせにこういうところでは臆病だよね」
「だって……」
「ホント、手がかかるよね……」
 などと言ってはいるが、反応が楽しくて、つい遊んでしまうレイチェルなのである。
「アナタが作ったものなら、ダンナは喜ぶよ。それに、ダンナはバレンタインデーを知らないんだから。押し切った
者の勝ちだって」

 ポンポンとなだめるように肩をたたく。箱を抱えたまま、アンジェリークは俯いている。
「そうかなぁ……」
「そうだよ」
「……うん」
 想いを込めたものだから、ちゃんと手渡したい。ないのはほんの少しの勇気だけ。
「ありがとう、レイチェル。ちゃんと渡してみる」
 意を決すると、すぐに満面の笑顔になる。その笑顔を見て、レイチェルは苦笑する。
(まったく……。このワタシが何で、相思相愛と分かり切ってるあの二人の面倒を見なきゃならないの……)
 そう思いながらも、結局なんだかんだと面倒を見てしまう自分を自覚しているのではあった。

 コンコン。控え目なノックの音にアリオスは振り返る。
「どうぞ、入れよ」
「うん……」
 控え目に入ってくるアンジェリークにアリオスは怪訝そうな顔をする。
「どうしたんだよ。珍しくおとなしいじゃねぇか」

「え…その……」
「ま、今日は宮殿の連中も何だかいつもにもまして浮き足立ってるしな。何かあったのか?」
「……」
 彼は本当にバレンタインデーを知らないらしい。アンジェリークは意を消して、チョコレートケーキをアリオスに
差し出した。

「……。俺の誕生日はまだ半年以上も先だぜ」
「そうじゃないの。今日はバレンタインデーなの」
「バレンタインデー? ああ、何か、補佐官が言っていたな」
 記憶を巡らせてアリオスが答える。
「あのね…この日は女の子が自分の好きな男の人に堂々と告白できる日なの……。想いと一緒にプレゼントも
渡して……。チョコレートが多いんだけどね。だから…私……」

 そこまで言うと、アンジェリークは真赤になってしまう。
「何を今さら……」
 その言葉にアンジェリークはビクッとする。馬鹿にされている…そんな不安。一方、その反応を見て、アリオスは
クスリと笑う。

「…なんて、言うわけないだろうが。バーカ」
 その言葉とともに額に優しいキス。
「アリオス……」
 恐々瞳を開けると、至近距離にアリオスの顔。金と翠の瞳がアンジェリークを優しく映し出している。
「ちょっとぐらい、自惚れてみろよ。俺はおまえに惚れてるんだぜ。おまえからの告白が嬉しくないはずないだろう」
 からかうような言葉の中に、さりげなく彼の思いが入っていて。アンジェリークは何度も頷く。
「こら、ちゃんと言葉にしてみろよ」
 スッとアンジェリークの唇をなぞるアリオスの指。それに促されて、ゆっくりとアンジェリークの唇から言葉が紡ぎ
出される。

「……大好き。アリオスのこと。誰よりも…愛してる……」
「上出来」
 目蓋に優しいキス。絡み合う視線。言葉はもういらなくて。
「愛してる……」
 その言葉とともにフワリと重なる唇。言葉より…形より…ふれあうだけで伝わる思いは確かにあって。
「これ…チョコレートケーキ。食べてね……」
 ラッピングされた箱をアリオスに手渡すアンジェリーク。
「茶、入れろよ。ちょうど、一息入れようと思ってたしな」
「うん……」
 しばらくすると、紅茶のいい香りが部屋一杯に広がる。
「あんまり甘くないんだな。それにブランデーもきいてる。うん。悪くない。これなら、ちゃんと食えそうだ」
「良かった」
 あまり甘いものを好きでないアリオスがちゃんと食べてくれる。そのことがとても嬉しくて。笑顔が絶えないアンジェ
リーク。

「何笑ってんだ、馬鹿」
「馬鹿でもいいもん」
 言い合って、二人して笑いあう。軽いキスをまじえながら。

 こうして…幸せな恋人たちの日は過ぎてゆく。さながら、砂糖菓子の甘さをともないながら……。

新宇宙でのバレンタイン…誰か、こいつらを止めてやれ…。もう、アリオス、恥ずかしすぎ! って、書いてるの私か。
なんでこんな恥ずかしい男になってんだろう…。


<Going my Angel> |