もう何にもいらない


 その日が特別な日だなんて、考えたことはなかった。所詮は形だけの祝いの席。形だけの祝いの言葉。与えられるたくさんの
もの。何の心もこもっていない。形式だけのもの。俺を生んだ女が騒ぐための口実に過ぎない。

 それを知っていたから。俺はそんなことに笑顔を振りまくほど、愛想がなく、可愛げのない子供で。そんな形の席を喜ぶことは
なくて。ただ、意味のない一日をすごす…それが俺の誕生日とやらだった。

 形式的に与えられたものを納めた、おもちゃ箱をひっくり返してみても。何一つ欲しいものなんてなかった。ただ、空しさだけが
残る。本当に欲しいものは何一つない。だが…あの頃の俺は本当に何が欲しかったのか。現在の俺は何を求めているのか……。

 本当に欲しいものは手に入らない。何が欲しいのか判らない。求めても仕方ない。そう思って。そして…俺はますます笑わなく
なった。幾度探しても、掻き集めても、欲しいと思うものは…何一つなかった。

 それなのに、ようやく見つけた大切なものは、無惨に奪われ。復讐のために、力のままに行動した。だが、それでも、心の中で
どこか、虚しさを感じていた。たくさんの血と涙の犠牲の先にあったもの。だが、望んだものは…本当に欲しかったものはそれ
ではないと判っていながら……。それでも、俺は進むしかなかったのだ。



 そうして…俺は一人の天使と出会った。仕掛けた出会いをあっさりと信じて。簡単に仲間にして。
「アリオス!」
 何も知らない天使は無邪気に笑う。汚れなど、何一つ知らない天使。こいつがこうして笑えるのは何よりも心が豊かだから…
なのだ。俺とは違う。あいつに近づけば、近づくほど、俺は自分が見えなくなる。どうして、そんなに笑える? どうして…俺を疑わ
ない? 無邪気に信じてられる? 後で…傷つくのはおまえ自身なのに……。

 あいつを踏みにじって、得ることになるものが、急速に色あせてゆく。俺が本当に欲しいものはこういうものだったのか? 俺は
本当にそれを望んでいるのか? それでも、動き出した運命は止まらない。俺はもう…引き返すことなどできるはずがないのに。
何故…今頃になって……。


「アリオス……」
 最後の最後まで、俺にさしのべられていた手。他の誰でもなく、ただ俺だけを選ぼうとした天使。何故…今まで俺は気づかずに
いたのだろう。気づこうとしなかったのか。俺が本当に欲しかったものはこんなに単純なものだった。手に入らないと…求めようと
もしなかった。与えられるはずがないと思い込んでいた。本当に馬鹿げている。

 目の前で、翼を広げて俺を癒そうとする天使。他の誰でもなく、ただ俺だけを見つめる翡翠の眼差し。こんなに簡単なことだった。
「俺は…俺の本当の心は……」
 言いかけた言葉を飲み込む。今の俺ではもう遅い。だから、俺は今、心から望む。本当に欲しいものを掴むために。願わくば…
おまえの手をもう一度取れるように……。



 光に溢れた奇麗な世界。それはこの宇宙を司る者の心をそのまま写し取ったのように。ここで俺は目覚めた。それから、ずっと
感じていた。俺を包み込むような優しい空気を。俺はそれに育まれて、ここにいる。

「どうしたの、アリオス?」
 変わらぬ姿の天使が俺の顔をのぞき込んでくる。
「何でもない……」
「そう?」
 ひらり…と優雅にドレスをひらめかせて、天使は花を摘む。
「もうすぐ…あなたの誕生日ね。何か欲しいものはある?」
 花冠を作りながら、天使が訪ねてくる。
「別に……」
「そう? でも、お祝いはさせてね。あなたをお祝いしたいの。あなたから見たら、我儘かも知れないけど。あなたが生まれてきて
くれたことを感謝したいから」

 そっと花冠を俺の頭に飾るその腕を取って、抱きしめる。暖かな温もり。そして…甘い花の香り。
「アリオス……?」
「欲しいものは…ここにあるから……。もう、何にもいらない……」
 手を伸ばせば、こんなにも簡単に感じられる確かな温もり。この温もりがあるなら…それ以上は必要ない。
「愛している…アンジェ……」
 口づけは甘く。優しくて。幾度、重ねても、足りない。
「私も愛しているわ…アリオス……」
 その言葉がどれだけ甘く響くのかをこの天使は気づいていないだろうけれど……。気づいているのは俺だけでいい。こんなにも
穏やかに、満たされる。

 
 ようやく…手に入った、ただ一つの……。


アリオスのバースデー創作第一段、もしくは、シリアスバージョン。去年、アンジェリークの誕生日を祝う話をコピー本で出したのですが、
この話はその話と対になっています。レヴィアスって、物には不自由はしてないんだろうけど、心は寂しい子供だったんだよね。アリオスと
して振舞ううちに、それがなんなのかわかって……。そんなイメージで書いてみました。

|| <Going my Angel> ||