天使の時間



  新しい宇宙の女王となったのは金の髪をした天使の名を持つ少女、アンジェリーク。彼女の存在はは聖地に、守護聖
たちの中に新しい風を吹き込もうとしていた。


「…っていってもなぁ……」
 バタバタと宮殿内を走り回る足音。もう聞き慣れてしまった自分に苦笑する。かつて、何度も執務室や聖地を抜け出し
ては、
追いかけられた日々。だが、今はその足音はゼフェルではなく他の人物に向けられている。

「どちらにいらっしゃいますの〜! 今なら、怒らないから、戻ってきなさい〜!」
 まるで、居なくなってしまった子供を探す母親のような口調の女王補佐官であるロザリアの声が廊下中に響き渡る。
これも
すっかりと慣れてしまったもの。もっとも、この場合、探しているのは子供ではない。子供だったら、まだ諦めがついたかも
しれない。探しているのは女王であるという現実よりは。

(あいつもよくやるよな……)
 女王候補だった頃は明るく素直な印象が強かった。敢えて言うなら、天然な部分もあった。だが、女王の玉座という、
至高の
玉座に就いてから、それまでの女王になかった奔放さを見せ始めた。

 素顔をベールで隠すことなく、他人と接し、距離を置かないようにして。時々は手づくりのお菓子を振る舞ったりもして
る。
 神秘性よりも親しみやすさを感じさせる女王の笑顔は宮殿内でも人気が高い。…とここまではいい。

 問題はその先だ。女王はこの宇宙の命を見守り、育む唯一の存在。その女王が執務室を時折、抜け出している のはか
なりというより、ものすごく問題がある。何かあったらどうするのか、そう言ったところで聞きはしない。

「あら、私が自分で転んで怪我をするなら、ともかく聖地は警備がちゃんとしてるんだから、平気でしょ?」
 にっこりと笑いながら、聖地の警備を監督する立場であるオスカーに言ってのける。オスカー自身、外界に抜け 出して
遊んでいるので、言葉に詰まってしまう。結局はロザリアとジュリアスの二人がかりのお説教。きちんと反省

してみせるが、それで終わることはない。
(ま、俺も人のことはいえねえけどよ……)
 一方的に与えられた守護聖という見えぬ鎖に長い時を縛られることを嫌い、何度も聖地を抜け出したことのある 立場では
あまり偉そうなことは言えない。あの奔放な天使が黙って籠の中に入ったままであること自体、無理な
話かも知れない。
 カタン。風もないのに窓枠が揺れる音。かなりと言うよりも、思い切り嫌な予感がする。不自然に揺れる木の枝に 不本意
ながらに自分の考えの正しさを確認させられ、溜め息をつきつつ、窓を開ける。

「何やってんだよ、おめーは……」
 嫌な予感というものはこういう時に的中する。窓を開けたそこには案の上、探されている本人である女王アンジェリークの
姿があったのだから。

「あら、コンニチハ。ゼフェル」
「こんにちはじゃねえよ! あぶねえのに、何やってんだ!」
 片手にバスケットを抱え、ミニのジャンパースカートにスニーカー。女王らしからぬ服装で、木登りをしていたら、誰でもそう
言いたくなるだろう。

「マルセルから美味しいキイチゴのなっている場所を教えてもらったの。すぐに摘まないと、野鳥に先を越されちゃうし」
 だが、当の本人がこれでは何の意味もない。
「だったら、マルセルに頼めばいいだろうが!」
「だって、お菓子にするんだったら自分の目で選んだ方が確かなのよ。マルセルにはタルトを作るからって、手を打ったけど」
「おい……」
 つまりは買収である。子供子供しているが、意外とそういうところはしっかりしている。甘え上手でもあるマルセルは立派な
末っ子気質なのだ。

「籠ってばかりじゃふさぎこんじゃうもの。危ないからって何もさせてもらえないのは嫌だわ」
 確かに一理あるといえばある。籠り過ぎて、某守護聖のようになられたら、かなり怖い気もするし。
「でも、限度があるぜ?」
「わかってるわ。だから、危ないことはしてないでしょ?」
 木登りは危ないということは彼女の辞書には入っていないらしい。大きく溜め息を吐く。
「ね、ゼフェル」
「何だよ」
 ぶっきらぼうに返事をする口に何かほうり込まれる。甘酸っぱい果物特有の味が広がる。
「美味しいでしょ?」
「まぁな……」
「でしょう?」
 にっこりと有無を言わせない天使の笑顔。結局、この笑顔を前にしたら、逆らえないのだ。アンジェリーク自身は全く自覚が
ないだろうが、この笑顔は無敵なのである。

「ゼフェルにも甘くないお菓子を作って持たせるからね」
 そう言うと、軽やかに窓に飛び移り、走り去ってしまう。まるで、足にも天使の翼があるように。
「ま、いいか」
 奔放であどけなく無邪気に無敵。だが、それはアンジェリークだから、と思えば自然と納得してしまう。そんな自分に自然と
微笑んでしまうゼフェルであった。



リモージュ陛下に振り回されるゼフェルは書いてて飽きないですね(^○^) “ここに君がいる楽園”を聴いたら、つい……。

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