天使の笑顔


「どうして、笑っていられるんですか?」
 光の守護聖あたりが聞けば、不敬だと言い出すだろうな…と思いつつ、セイランは目の前の人物を見つめる。
 ここでこうしているきっかけは日の曜日の今日。何となく外の空気が吸いたくて、庭園に赴けば、どこかで見たことのある少女が
カフェテラスでお茶を飲んでいて。

 フワフワの金の髪、大きなエメラルドグリーンの瞳。あどけない笑顔。それは彼の知る人物の中では一人しかいない。
 声をかけようかと迷っていると、少女から彼に声をかけた。
『こんにちは、セイラン』
…と。
 鈴の音のようなソプラノは確かに彼の知る人物のもので。ここにいるはずがない…と、思い込もうとしたセイランを確実に現実に
引き戻した。

『だって…お天気がいいし。女王が出歩けるって言うのは、何よりも平和な証拠でしょ?』
 そう言って、美味しそうにお茶を飲んでいるものだから、つい釣られて、彼も少女の前でお茶をすることになってしまったのである。
「どうしてって?」
 あどけなく、セイランの言葉に首を傾げるる様子は、年齢より彼女を幼く見せる。
「女王ってのは神聖なものだと聞いていますからね」
「……誰がそんなことを?」
「常識でしょう?」
 あまりにも意外だ…と言った表情の少女に今度はセイランが戸惑ってしまう。
「だって…大変だなんて、思ったことないもの。毎日が楽しいくらいよ」
「楽しい? 女王はずっと長い時の間、この宇宙を見つめているんでしょう? 一人、時に置いていかれるって思わないんですか?」
「……思わないわ。そんなことを考えてくれていたの?」
 フフ…と少女は笑う。
「だって…みんな大切なのよ? 大切な人たち。大切なこの宇宙。大切なものを守る力がたまたま私にあっただけだわ。そりゃ…
両親や友達と離れて、寂しくないかって聞かれたら、嘘になるけど。でも、それが悲劇だとは思わないわ」

 迷いのない瞳。それはあどけない印象とは裏腹でいて、相応しく、そして、深いもの。ただ笑顔を振りまくだけの存在ではない。
それは…女王としての彼女の強さなのか。

「どうしたら…そんなに強くいられるんですか?」
「強い? 私が?」
 キョトンと瞳を丸くする少女にセイランは思う。彼女の強さはこの自然体なのだ…と。何もかもを素直に受けとめ、受け入れる。
しなやかな強さ。

(僕にはない…強さ……。)
 いつも、自分は物事をどこか斜めに見ることしかできないから。あの笑顔が歪むのが見たくて、言った言葉なのに。少女はあっ
さりと交わしてしまう。そして…反対にその強さをまざまざと見せつけられてしまう。

(かなわないなぁ……)
 同じような言葉を女王候補の二人に言ったら、怒らせたと言うのに。それなのに、この目の前の少女は……。
「……どうしたの?」
「別に……」
 気がつけば、じーっとのぞき込まれている。何故だか、頬が熱くなる。
「変なの、セイランてば」
 クスクスクス。無敵の笑顔。
「じゃあ、今度は私が質問するわね。セイランは誰かに言われるから、絵を描いたり、詩を書いたりするの?」
「バカにしないでください。誰かに言われて、描くものが僕の作品なわけがない」
 自分が感じたことを感性そのままに描くのが、セイランの芸術。誰かに強制されて描くものに何の魅力があるのか。
「描きたいと思うもの、作りたいと思うものを作るってことよね」
「そう、そんな単純で、当たり前なことですよ」
 どこか刺々しい言葉だと自分でも思う。だが、それで動じるような少女ではなくて。
「じゃあ…私と一緒じゃない♪」
「……?」
「あなたが何かを感じて、筆をとるように…私は自分が幸せだと感じるから、笑顔でいられるのよ」
 無邪気に告げられる言葉はとても意表をついていて。当たり前のことを当たり前と捉えなかった自分と違う、素直で柔軟な思考。
(ああ…だから、彼女が女王なんだ……)
 この宇宙を愛し、導く存在。聖地は女王の力が大いに満ちている場所。しなやかで、新鮮で、瑞々しい暖かな空気。それは彼が
この聖地に来て感じたこと。それを造り出しているのは、この少女の心の形……。

(僕もまだまだ…ってところかな……)
 こんな当たり前のことに気づかない自分が感性を説いてるだなんて、おかしすぎる。だが、嫌ではない。ここに来ることがなけ
れば、一生気づくことはなかったのかも知れないのだから。

「どうしたの、セイラン。一人で百面相なんかして」
 ニコニコニコ。どこまで判っていて、笑っているのだろう。何も知らないのか、すべて判っているのか……。
 だが、それもどうでもいいことなのかも知れない…とも考える。この笑顔を目の前にして、理屈なんてこねるのはもったいない。
「……何でもないです。それより、お願いがあるんですけど」
「お願い? 私でないとできないこと?」
「ええ。陛下でなければ」
 愛らしく首を傾げる少女に笑顔を添えて。
「陛下を描くことをお許しいただきたいんですけど」
 口調は恭しく。けれど、どこか楽しそうに。
 肖像画を描くのではない…と、思う。ただ、カンバスにこの天使の笑顔をとどめておきたいだけ。どこまで描き切れるのかは、
まだまだ未知数ではあるが。この天使の笑顔は彼の筆になかなか収まりきるものではないと判っている。けれど、描かずには
いられないから。

「ええ、喜んで」
 天使は極上の笑顔と共に頷いた。

セイラン・リモージュ第2段。読みたいって声がありましたので……。リモージュは天然娘なので、書いてて楽しいの〜。

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