黄昏時の膝の上
黄昏時の部屋。ソファに腰掛ける従者の膝の上には主である少年王子の姿。普段なら、恐れ多い光景だと慌てん
ばかりの従者は今日に限っては穏やかな表情だった。
とはいえ、二人の間に交わされる会話が甘いものかと言うと……。
「おなかすいた……」
「もうすぐ、夕食の時間ですから、お待ちください」
「だって、おなかすいてる……」
「……ですから」
ぼんやりとした眼差しは普段の気の強さからは考えられない。…とは言っても、別に黄昏時だからとか言うロマン
チックなものではなく、昼食とおやつを食べていないからだ。
「だから、スープだけでもお召し上がりになったらと申し上げたじゃありませんか……」
「あの時は食べたくなかったんだ……」
季節の変わり目であるこの時期は何かと体調を崩しやすい。カナンにしても例外ではなくて。朝食は何とか食べる
ことは出来たものの、その後は気分が悪いと臥せっていた。従者であるセレストは午前中から、ついていてくれて
いる。体調は悪いけれど、セレストが一日中側にいてくれることはカナンにとっては嬉しいことだった。
「冷たいものは駄目ですからね」
釘を刺されているから、冷たい水は飲ませてもらえないし、生ぬるい湯冷まししか与えられないけれど。そんなこと
よりも、セレストが側にいてくれる方が嬉しい。そう、嬉しかったのだ。だから、思い切り甘えることにして、セレストの
膝の上にいる状態である。セレストとしては生殺しの常態化といえば、そうではなく。幼いころに甘えてきたことを思い
出して、ほのぼのとしている。病人にに手を出すほどは飢えていないということかもしれない。(笑)
「おなかすいた……」
「ですから……」
延々と繰り返される言葉にセレストはため息をつくしかなく。
「じゃあ、ホットミルクでもお持ちしましょうか?」
「厨房に行くのか?」
「ええ。すぐにすみますから。カナン様、降りてくださいますか?」
「……やだ」
「ですが、おなかがすいてるんでしょう?」
降りてもらわないことには、カナンの空腹を満たしてはやれない。
「……お前が離れるのは嫌だ」
「ですが……」
「こうしてたら、おなかはすくけど、心は満たされるからな」
「カナン様……」
ここまで言われたら、カナンを降ろすことなんてできやしない。心地よい重さを味わっていたいのはセレストも同じ
なのだから。
「おなかすいた……」
「はいはい、もうすぐですからね」
結局、夕食の時間までそのままの状態だったのは言うまでもない。
今更ながらに微熱王子ねたを。色気がない話ですが(笑) ありえない世界をありえるようにするにはこれしかない…と(笑)
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