二人の放課後


 放課後の生徒会室。向かい合う男女…と来れば、いわゆる学園もののラブシーンのシチュエーション。だが、
二人の間には大きな隔たりがあった。

「……おい、アンジェリーク、まだか?」
 青年が苛立った声で煙草に火をつけようとすると、向かいにいる煙草を取り上げてしまう。
「ここは生徒会室です、アリオス先生」
「おまえの課題を見てやってんだから、少しは多めに見ろ」
「生徒会室でタバコの匂いがしているのを、ジュリアス教頭に知られたら、私たちも叱られるんですから」
「はいはい。生徒会長殿は手厳しいこって」
 そう言って、肩を竦めるアリオス。生徒会長と生徒会顧問の教師。それが学校内での二人の関係。しかも、
この生徒会長は自他とも認める勝気な性格で容赦がない。

「だいたい、先生の担当外のはずですけど……」
「俺は物理の教師の資格も持ってんだぜ。知らなかったのか?」
「知って…どうしろと?」
 言葉を返しながらでも、視線は課題に向いている。巷には風邪が大流行。アンジェリーク自身もひどい風邪を
引き込んでしまい、一週間ほど学校を休んでしまった。授業の方はノートを移したりと、何とかなったが、物理の
方は週に一度の実験とともにレポートの提出が義務づけられている。放課後、何とか実験の方は片づいたので、
レポートの作成中なのだ。

「さっきから、手が止まってるな」
「……ほっといてください」
「ほっとけるかよ。おまえ、物理はカタツムリ並だろうが」
「……?」
 首を傾げるアンジェリークにアリオスはさらり…と答えを口にする。
「その心は地を這う」
「……」
 微かに青筋を立てる。もし、持っていたのが鉛筆なら、ポキン…と折れたのかも知れない。確かに、物理は
苦手ではあるが。

「貸してみろよ……」
 言うや否や、アンジェリークの手からシャープペンシルを取り上げ、サラサラとレポートを書いてゆく。
「この結果がこうなるから、この公式が当てはまるんだ……」
「……」
 実験の結果と公式を照らし合わせて、説明してゆくアリオス。だが、アンジェリークは途端に不機嫌になる。
「どうしたんだよ……」
「自分で考えなきゃ意味ありません。だから、いいです」
「おまえ、自分で考えてりゃ、時間がかかるって……」
「でも、頼んでないでしょ? 余計な真似はしないで!」
 そう言うと、アリオスの手からシャーペンを取り戻す。確かに、アリオスの説明は分かり易い。だが、自分でまと
めなければ、本当に理解したことにならない。

「ああ…そうかよ。悪かったな、邪魔して」 
 ガタン! と乱暴に椅子から立ち上がると、一瞥もせずに生徒会室から出てゆく。
「先生……!」
 ピシャリ…としまった扉を見て、アンジェリークは溜め息を吐く。
「言いすぎちゃったかなぁ……」
 自分でも失言だったとは思う。自分がその立場なら、やっぱり怒るだろう。
「あとで謝りに行こう……」
 とりあえず、今は目の前の課題が片づかないことには何もできない。アンジェリークは一人、レポートに向かい
合うしかなかった。


 ようやくレポートができた頃には夕焼けが周囲を照らしている時間。そろそろ、運動部の活動も終わる頃。
「先生、いるかなぁ……」
 数学担当の教師の部屋である、数学教官室をのぞいてみるが、アリオスの姿はいない。
「アリオス先生は出ていったきり戻ってこられないよ」
 別の教師の言葉にアンジェリークは微かに顔を曇らせる。
「すみません。じゃあ、生徒会室の鍵、ここに戻していた事、伝えてください」
 伝える事だけを伝えると、アンジェリークは教官室を後にした。
(怒っちゃったんだよね……)
 自分が悪いとは言え、落ちこんでしまう。アンジェリークは教師専用の靴箱に向かい、アリオスの靴箱にそっと
メモを忍ばせる。

『ごめんなさい……』
 何を書いても、言い訳にしかならないから。
「もう…嫌われたかなァ……」
 呟いて、ため息をつく。可愛げのない性格だとは思う。だが……。
「誰が、誰を嫌うって?」
「――?!」
 背後から急に抱きしめられる。耳に響くテノールはずっと探していた人のもの。
「先生……?」
「“アリオス”だ、アンジェリーク……」
「アリオス……」
 二人きりの時の約束。教師と生徒でないときはちゃんと名前で呼ぶ事。
「さっきはごめんなさい……。私、可愛くないね……」
「バーカ。おまえはそういうところが可愛いんだよ」
「本当に?」
 普段の気の強さに隠れた少女の意外な一面。それを知るのは限られた人間だけ。
「だから、俺が惚れたんだろうが……」
 それ以上は言葉にはしない。言葉にするより、確実な方法をアリオスは知っているから。フワリ…と柔らかな
口づけを落とせば、それだけで少女はもっと可愛くなる。

「まぁ…このわびはこれから、入れてもらえばいいしな」
 戸惑うアンジェリークの腕を掴んで、アリオスは玄関へと向かう。二人の放課後はまだ終わらない……。

        ……FIN.

 23000番を踏まれた玻璃様からのリクエストで教師アリオスと生徒アンジェの話です。学園もの、すごく書き
たかったので、ウキウキと書いてしまいました。
<贈り物の部屋>