ワンダーヴィーナス

 誰のものにもならない、誰のものでもない人。意思の強さはかなりのものだ。ある意味、無敵とも言えるかも
しれない。
「僕は冒険者になる」
 はっきりと迷うことなく告げられた言葉がセレストの耳にしっかりと残っている。あの瞳の色の強さはセレストの
心にしっかりと焼き付いた。
(かなわないなあ……)
 改めて、思い知らされる。異国の物語ではないけれど、どれだけあがいてみたとしても、結局はカナンの手の
平の上にいる気がしてならない。自分が諭す立場の従者であり、年上であるにも関わらず、だ。
 自由な翼を持つ人、だとは思う。その瞳の先にはいつだって遥かなる空が開かれている。
 カナンは夢を夢では終らせない。それを実現する力がある。ずっと側にいて見守ってきた。そして、騎士としての
セレストから見た主観としてもだ。魔術士としての素要を十分に秘めている。おとしたレベルとてすぐに取り戻す
だろう。
(俺はどうしたい?)
 いつか来るであろう旅立ちの時。猶予はそれまでの時間。だが、その時の自分の答えはどうなのだろうか。
その時になってみなければ、わからないのかもしれない。
 それでも、騎士としての自分の生き方を、これからのことを考えるいい機会を与えられたのかも知れないとも
思いはする。父親の背中を見て育ったがゆえに、自分は騎士になることを疑いもしなかった。周囲も同じよう
だった。小さかったカナンの
従者を任されてからは特にそう思うようになった。カナンを守れるくらいに強くなりたい、と。
『セレスト〜』
 自分を無邪気に慕い、呼ぶ声に答えたくて、頑張ってきたのも否めない。ある意味、カナンと共にあるために、
セレストは剣を握ってきたとも言える。漠然とした目標を確かなものとして考えるようになったのだから。
(俺にも覚悟を決めろってことだしな)
 主従ではなく、冒険のパートナーとして向かい合う日を選ぶのか、そうでないのか。いっそ、黙って自分について
こいと言われる方がどんなに気が楽だったろう。そういう時に限ってセレストに気を使って見せたのだ。
(まいったなぁ……)
 カナンをけっして止められないことを知っているから、思考は空回りするばかりだ。気が付いたら、以前よりずっと
カナンのことばかりを考えている。
 無敵に無邪気な最強の存在。目を離せるなんて考えも及ばない。何の策略でもなく、その真っ直ぐな行動ゆえ。
 きっと、これからも目が離せないのだ。自分の曖昧な未来にも、これからは確かなこととして、わかる。そして、
何よりもそれを自覚している自分がいる。びっくり箱のような行動を手に負えないと思いつつ、一番近くでそれを
見られる特権を有していて。どうして、それを手放せるのだろうか。

 そう思うあたりが末期とはわかって入る。
(とりあえず、まだ猶予はもらおう……)
 もう運命の輪はすっかりとカナンよりに回ってしまっているけれど。それでも、と思ってしまう。
 無邪気で、無敵な存在に。相応しい自分でいたいとは思うから。そのためにも、強くなる時間はまだ欲しい。そう
考える時点で答えが見えてる気がするけれど、今は見えない振りをして。いつか来る時までに……と。


同名の曲がありまして、そのタイトルから派生して思いついた話です。

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