明日は明日の風まかせ



  溜め息の数の分、幸せが飛んだり、寿命が縮んだりという言葉を聞く度にセレストは思う。それならば、
自分はどれだけの幸福が逃げ、寿命が縮んだのかと。今日も今日とて、幸福は逃げて、寿命は縮んでいる。
「いいですか、カナン様。『後悔先に立たず』と言う言葉もあるんですから、少しは自省なさってください」
 カナンがいつものようにを抜け出して、城下に出ようとしたところをセレストにみつかって。そして、セレストが
お説教モードに入ろうとするが、カナンはしれっとしている。
「まったく、好奇心をむやみに詰み取ると、無味乾燥のつまらない人間にのなってしまうというぞ。おまえは
僕にそうなってほしいというのか?」
「あいにく、カナン様の場合は多少の好奇心を詰み取っても、あまりあるかと思われますが」
「む〜。どういう意味だ」
「ご自分の胸に聞かれるとよろしいかと」
 ああ言えば、こう切り返して。世間知らずな部分があるようでいて、下手に頭の回転が早くて、口がたつ。
「鼓動しか聞こえないぞ」
 左胸に手を当てて、そう答えられて、セレストは溜め息を深くする。
「ふむ」
「カ、カナン様?!」
 ピトッと自分の胸に耳を当てるカナンにセレストは慌てふためく。
「おまえの胸でも、聞こえるのは鼓動だな……」
 クスクス笑いながら、いうカナンにセレストは居心地が悪くて仕方がない。
「カナン様、確認したのなら離れていただけませんか?」
「やだ」
「やだって……」
 ぴったりくっついて離れようとしないカナンにどうしたものかとセレストは思案する。
「あの、今日のおやつは焼きたてのアップルパイですよ。召し上がられないんですか?」
「あれは冷めても美味しいから、まだいい」
 食べ盛りの少年であるはずなのに、おやつの魅力は通用しないらしい。
「ここは人通りが少ないとはとは言え、城内ですよ。悪目立ちしますが……」
「子供心に戻って、じゃれついてるとでも、言ってやる」
「はぁ……」
 立場上からの申し出も、立場上で切り返されてしまった。カナンのごむたいに幼い頃から付き合っている
立場だ。十分通用する言い訳なのが、悲しい。
「赤ちゃん返りですか?」
 この言葉にカナンは不満そうな顔で見上げてきた。
「どういう意味だ」
 赤ん坊と同じ扱いは不服だといわんばかりににらみを効かせてきて。
「赤ん坊はお母さんの心臓の音を聞かせると、安心すると言いますから」
「ああ、母親の胎内にいた時を思い出して、安心するというな」
 セレストの言葉の意味にカナンは納得したような様子だ。だが、カナンはセレストから離れることなくむしろ
更にピタリとくっついてくる。
「カナン様〜」
 困ったような声をセレストがあげても、カナンは離れようとしない。むしろ、抱きつく力が増えている。
「そういう意味での赤ちゃん扱いなら、構わない。実際、安心するんだからな」
「カナン様?」
「おまえがちゃんと側にいるって……」
 気を付けなければ、聞き逃してしまいそうなほどの小さな声。セレストが聞き逃すはずもなく。そっと、カナンの
背に腕を回し、発達途中の薄い背中を優しく撫で始める。それに促されるように、カナンはゆっくりと顔を上げた。
「ちゃんと、私はカナン様のお側にいます。不安がらせたりいたしません」
「子供だって思っただろ?」
「いえ、私にも一因がありますから……。私が人質に捕られていたあの時、不安だったんですよね……」
 自分の立場に置き換えてみれば、わかること。どれだけの不安を抱えていたのか。
「あの時、離れたい気がしなかったのは人肌のせいだけじゃない……。おまえがちゃんと側にいるって、感じら
れたから……」
「はい……」
 トクントクンと伝わるのは確かな鼓動。それは確かに生きている証。
「お前の心臓の音だから、安心するんだ……。だから、だ」
「そうですか……」
「僕は後悔する生き方はしない。先に立たないんなら、あとで役に立ててやるとは思う。でもな、お前のことは
別だ。お前はこの僕に後悔させる事のできる人間なんだ。お前を失うくらいなら、僕は……」
「責任重大ですね。私は……」
「ああ。お前はすごい存在なんだぞ」
 そう言って、カナンはセレストの背中に回した腕に力をこめる。
「……はい」
 優しく微笑んで、セレストはカナンの頬に触れて。柔らかなその唇に自分のそれをそっと重ねた。


先にたたない後悔は後で役に立てよう…というフレーズから思い立った話なのに、なんで、こんな感じの話に?
謎です(笑)