Sweet Night

 ほんのなりゆきから、魔法使いが与えた一晩だけの魔法はシンデレラに大きな運命の転機を与えることになった。
「人生とはわからないものだな……」
 しみじみと呟いて、シンデレラは自分に与えられた部屋を見回す。贅を尽すと言うほど手はないけれど、それなりには
豪華な家具が置かれた部屋。今まで済んでいた部屋とは雲泥の差だ。
「何か部屋にご不満がおありですか?」
 魔法使いとは別の意味でシンデレラの運命を変えてしまった青年はシンデレラを色々と気遣ってくれる。
「いや、平気だ。ただ、王子様には丁度いいかもしれないが、僕には贅沢すぎる気がしてな」
 同じ部屋で寝起きを共にする相手に気を遣っても仕方ない。
「贅沢…ですか……」
「あくまでも、僕が今までいた環境と比較しての話だ。あなたが気にすることではない」
 とは言っても、自分を気遣ってくれる相手への配慮とて忘れはしない。何せ、相手はこの国の王子様で、シンデレラの
配偶者なのだ。
 舞踏会でも強引なところはあったし、プロポーズの言葉だって結構なりふりを構わずだったけれど。柔らかで優しげな
笑顔にはシンデレラも少しばかりは心がときめいたりもする。顔立ちは端正であるし、性格だって悪くはない。まさしく
理想の旦那様ならぬ、王子様だ。
「僕の家庭環境は包み隠さずに話したから、わかっているだろうけれど。あなたの側にいるべきなのは……」
「私はあなたがいいんです」
 両親がいなくて、義理の家族ばかりという複雑な家庭環境なのはシンデレラのせいじゃない。
「あなたがいいんです。同じことを言わせないでください」
 ぎゅっと強く抱き締められる。その腕の暖かさに何となく切なくなった。
「あなたに口づけてもよろしいですか」
「!」
 反射的に顔を上げると、王子と視先が絡み合う。優しげな瞳の中に映るのは情熱だった。
「王子様というものは口付ける時にいちいち許可をとるのか?」
 その言葉に王子は微苦笑を浮かべた。
「いえ……。ただ、あなたがお嫌なら……」
「こう言う時には遠慮か?」
「あなたが好きだから、あなたが嫌がるならできませんから」
「舞踏会やプロポーズの時には強引だったのに?」
「他の誰にも奪われたくなかったので……」
「無茶苦茶、だな……」
 そう呟くと、シンデレラは王子の胸にボスンと顔を埋めた。
「あ、あの。シンデレラ……」
「違う。それは僕の本当の名前じゃない」
「え?」
「シンデレラというのは仮の名だ。本当の名前は大切な人の前だけでしか名乗ってはいけないんだ。言魂だから、魂を
奪われてしまう……」
 魔法使いは言葉に対してかなり神経を遣うから。自己流で修行中の身でもそれは基本中の基本。それを相手に伝える
のはただ一つの意味をこめて。
「私が知ってもいいんですか?」
「うん、知ってもらいたい。迷惑、か?」
「いえ、嬉しいです」
 その言葉の意味するところを理解した王子はシンデレラの頬に手を当てて、上向かせた。
「教えてください。私だけにあなたの本当の名を……」
「カナン、だ……」
 それは微かな声ではあったけれど、確かにセレストの耳に届いた。
「カナン……」
 囁くように名を呼ばれ、カナンは身をすくめる。ただ、名前を呼ばれただけなのに。そのまま、心を絡めとられたように。
「私の名はセレストです。この名を呼んでいただけますか?」
「セレスト……」
 声に自然と力が篭る。ただ名前を呼ぶだけなのに、こんなにも切なくて甘い。泣きたくなるような、そうでないような、
不可思議な感情。
「愛しています」
 囁きと共に落ちてくる口づけはひどく甘くて。カナンはこの感情の意味を少しだけ掴めた気がした。

PS版1.5のシンデレラカナン様を見たら、書くしかないでしょう? 友人に「初夜はありだよね?」と熱弁を振るってました。書きます。
ええ、絶対。書くしかないよね〜。(誰か、書いてくれないかなぁ……) 

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