シュークリーム



 形がキャベツに似ているから、とつけられたその名は味はキャベツとほど遠い。カスタードクリームと
皮のバランスの良さが問われる。どちらだけが美味しくても、困るもの。シュークリームはなかなかに
奥が深い。
 かぷり、とまずは一口。ほどよくさくさくしたシュー皮とバニラの風味をいかしたカスタードクリームの
バランスが絶妙である。
「うまい。さすがは城下で評判なシュークリームだな」
 満足げに頷いて、カナンは二口目を口にする。
「カナン様。たったままで食べるのはお行儀が悪いです。せめて、ベンチにすわるなりしてください」
 セレストのその言葉にカナンは意外そうな顔をする。
「買い食いを叱らないのか?」
「そのことも無断外出も後でじっくりとは。とりあえず、身近な問題からです」
「わかった。じゃあ、あそこでいいな?」
 噴水の縁を指差すカナンにとりあえずセレストは妥協する。
「まあ、いいでしょう」
「ん。じゃあ、おまえも食べるといい。本当に美味いんだからな。僕一人で食べるのはもったいない」
「ありがとうございます」
 不本意ではあるものの主君の気遣いは無駄にするものではない。二人して噴水の縁に腰掛けて、
シュークリームを食べ始めた。
「美味しいですね……」
「だろう? 侍女たちが話をしていたのを聞いて、是非にも食べたくなったんだ」
「おっしゃって下されば私が買いに行きますのに……」
 カナンの言葉にがっくりとセレストは肩を落とす。確かにこのシュークリームは美味しいし、評判になる
のも頷ける。だからと言って、わざわざ変装して行く必要がどこにあるのか。
「だって、ここのシュークリームは注文を受けてから、クリームを詰めるんだぞ。作りたてを食べたいと
思う
のが人情じゃないか」
 どうやら、城に呼んで作らせると言う思考はないらしい。そういうことを出来る権力を持ちながら、それを
することを考えようともしない。それが何だか微笑ましくて、セレストは笑みをこぼした。
「何がおかしい?」
「いえ……」
「変な奴だな……」
 怪訝そうな顔をしながらも、カナンは残りのシュークリームにぱくつきはじめた。
 さくさくのシュー皮にたっぷりのカスタードクリームが入ったそれの唯一の欠点と言えば、気を付けなけ
れば、カスタードクリームをこぼしかねないことだ。あまり、大口でぱくつくと、クリームがこぼれそうになる。

「む……」
 案の定と言うべきか、手の平にカスタードクリームをこぼしてしまったカナンにセレストは慌ててハンカチを
取り出して、差し出すがカナンは首を振って、その手をペロリと舐めた。

「お行儀が悪いですよ、カナン様」
「この方がてっとり早い」
 たしなめるセレストに悪びれもなく答える。再び、苦笑をこぼすセレストであったが、不意にカナンをじっと
見つめてくる。

「何だ、セレスト?」
「失礼します、カナン様」
 その言葉と共にセレストの手がカナンの顔に伸ばされる。
「な、何?」
 セレストの意図を理解できず、カナンはギュっと瞳を閉じた。
(……?)
 セレストの長い指先がカナンの頬を、唇をゆっくりとなぞりはじめる。そんな些細な仕草にも心臓の早鐘は
止まらない。

「はい、取れましたよ」
「え?」
「クリームをつけたままお城に帰るわけにはいかないでしょう?」
 セレストの言葉に瞳を開けると、彼の指先にはカスタードクリームがついていた。
「む〜」
 ドキドキしたのが、自分一人だけというのが何だか悔しくて、カナンはカスタードクリームがついたままの
セレストの手を取ると、その指を舐め始めた。

「カ、カナン様!」
 反射的に手を引こうとするが、カナンはそれを許さずにクリームを舐め取った。
「何をなさるんですか……」
 ようやく離された指を居心地悪げに見つめながら、セレストはカナンに抗議する。どうも、ああ言うシチュ
エーションに来るものがあるらしい(笑)

「うるさい、悔しかったらあれくらいしてみせろ」
「あれくらいって……」
 絶句するセレストを悔しそうにカナンは見上げる。
「その…悪目立ちしますから……」
「う〜」
「それに、こうしてるのもデートしてるみたいで、職務中で不謹慎だな、と……」
 真っ赤になりながら、言い淀むセレストにカナンもつられて真っ赤になる。
「じゃあ、二人っきりの時はしてくれるのか……?」
「善処いたします……」
 セレストの言葉にカナンはシュークリームが入っていた袋をギュッと握る。
「ここの店は午後からの限定でエクレアが出てるんだ。だから、明日、お前が買ってこい……」
「え?」
「僕は待ってるから、必ずだぞ。だから、一緒に食べよう……」
「はい、わかりました」
 カナンの意図を察してセレストは笑顔で頷く。
「う〜」
 何だか悔しくて、カナンはセレストにちょっぷを送った。


イベント帰りに主クリームで何かを書くと言う話になって、書いたもの。エクレアバージョンも書きたいなぁ……。