王レベ祭り

第三十一夜  長くもない人生を生きてきているが、匂いをかがれるのはまれである。王子である自分に対し、そんな不敬働くものはめったにいない、というより、皆無だ。家族ですら、そんなことはしないし、ましてや従者兼恋人は天地がひっくり返っても、そんなことはするはずがない。(確信できるあたりがものすごく悲しくて、むなしいが)
「世の中、色々あるな……」
「……そうですね」
 そして、さっきから、セレストの機嫌が悪い。…正確に言うと、エルダーに匂いをかがれてからだ。あの後、別にセレストを怒らせることはしていない、とは思う。
「どうした? 機嫌が悪くないか?」
「……すみません」
 けれど、言い方がぶっきらぼうなまま。何だか、いたたまれない。
「僕が何かお前を怒らせる真似をしたなら、謝るが……」
 その言葉にセレストは慌てて首を振る。
「い、いえ。自分の狭量さにあきれていただけですから……」
「え?」
 戸惑うカナンの首筋にセレストが一瞬だけ、顔をうずめた。
「セ、セレスト?!」
「すこしだけ、その…エルダーさんにむっとした自分がちょっと……」
「それって……」
 どう考えても、嫉妬ということだ。すぐに離れてしまったぬくもりは寂しいけれど、何だかとてもうれしくなったカナンであった。

第三十二  萌流の作り出した恐ろしい光景はある意味、この世の地獄だったかもしれない。確かに彼女はカナンたちにその知識を提供してくれたけれど、それ以上の恐ろしい何かを心に刻み付けてくれた。
「セレスト、萌流さんのところで何かを出されても僕は食べないからな」
「…賢明過ぎる判断ですね」
「一応、ローウェルにも話を通しておこう。間違って、怪しいものを口にされたら、このヒライナガオは土地隆起どころの騒ぎじゃなくなる……」
「……確かに」
 思えば、”しこうのカレー”作成の時に怪しい薬を渡されていた。あれをカレーの中に入れていたら、どうなっていたのだろうか。…考えたくなかった。
「……でも、お前には飲ませてみたいかもな」
「カ、カナン様?」
 いきなり何を言い出すのかと訴えるセレストに対し、カナンはにっこりと笑う。
「そういうわけだ。よろしく頼むぞ」
 何がよろしくなのだろうか…、深くは考えたくはないセレストであった。
第三十三夜  六百年ぶりに借り物とはいえ、生身の肉体を通して見たのはあいつの面影をそのまま受け継いだ子供だった。
 いや、面立ちだけではなく、意思の強さをそのまま閉じ込めたような真っ直ぐな瞳も、俺には間違っても思い付かないような突拍子もない行動も、六百年たってもちゃんと受け継がれている。
 誰にも知られることのない物語の真相を知ってしまった子供。俺はこの子供に出会ったことで、ある意味報われた気がした。
 あいつをけしかけて始まった俺達の冒険。おとぎ話のようには終れなかったけれど、この子供達がちゃんと受け継いでくれている。
 遠い甥であり、あいつの血を受け継ぐ子供。ちゃんと魂を共有すべきパートナーを携えて。彼等の冒険物語は幸せであってほしい。そう願わずにはいられなかった。
第三十四夜  シングルのベッドに二人で寝ると、当然ながら狭い。密着することにもなる。けれど、互いの肌の暖かさがとても心地よくて、離れがたくもある。
「そろそろ休みませんか?」
 明日も早いですから…と促すセレストをカナンは不満そうに見上げた。
「もう少しだけこうしていたい……」
「ですが……」
「だって、このまま眠りたいし…離れたい気がしない……」
 離れたがらない恋人にセレストも苦笑するしかなくて。
「まだ、冒険は終わってませんから」
「…でも、時々はいいだろう?」
「……そうですね」
 認めてしまうのはどうかとも思う。まだまだ冒険の日々は続くし、ここは都市長の屋敷だ。色々と思うところはある。
「とりあえず、明日は新しいダンジョンですし、ね?」
「うん……」
 トロンとした瞳ではもうどこまで聞いているのか、いないのか。眠そうにうとうとしているカナンを後で運ぶんだろうなと思いつつ、セレストはカナンの髪を撫で続けた。


 まぁ、翌日から、某学者がやってくることで、この甘い時間は遠くなってしまうことは今の二人にはまだ遠い話であった(笑)

第三十五夜  くぷーと幻獣は可愛らしい声をあげて、カナンのてのひらの中でくつろいでいる。ヘルムトは調べものがあるからと図書室にこもってしまったので、大丈夫だろうと召喚したのだ。
「しこうのカレーができたのはおまえのおかげでもあるからな」
「ご苦労さまでした」
 カナンとセレストの労いの言葉に幻獣は誇らしげに胸(?)を張って、鳴き声をあげる。だが、ふいにふわふわと飛び始めた。
「あ、こら。迂濶に飛び回るな!」
 ここは滞在先とはいえ、万が一他人に見られたらまずい。
「くぷー?」
「あ……」
 ふわふわと飛んでいった先には風船草のいけてある花瓶。
「こら、それは仲間じゃないぞ」
「くぷー」
 わかっているのかいないのか、幻獣はしばらく風船草の周りを飛び回ると飽きたのか、カナンのもとに戻ってきた。
「今度一緒に飛ばしてやろうか?」
「城内でですか?!」
 それはまずいだろうと慌てるセレストにカナンはにっこりと笑う。
「草原のダンジョン辺りが広くていいだろう? な、セレスト」
 有無を言わさぬ笑顔。だが、負けることは出来ないと何か言おうとするセレストであったが……。
「くぷー」
 と嬉しそうに今回の功労者が声を上げる。
「そういうことだ。こいつも楽しみにしているぞ」
 一人と一匹がかりに詰め寄られてしまい、何も言うことが出来ないセレストであった。

よくねたを考え付いたな、当時の私……。