王レベ祭り
| 第一夜 | ちょっとだけ、ムカムカした。変装させていたとはいえ、簡単に相手に抱きつかせた恋人に。自分にはあんまりというか、ほとんど触れてくれないくせに、と。 「はぁ、やっと脱げます……」 おかし男の扮装はよほど恥ずかしかったらしい。もっと着ていたらどうだなんて言ってみたけれど、そう言ったことに、実は安堵していたりするカナンである。 (あんまり、見せたくないなぁ……) 腹チラだなんて言ったら、叱られるけれど、裾から見える腹部は鍛えられている。綺麗な腹筋だ。 なかなか触れ合わないから、滅多に見られないものを他人に見せたくはなくて。 「むぅ…」 やっぱり、ムカムカする。 「どうかなさいましたか、カナン様?」 「何でもない」 「はぁ……」 問いただしてこないのはさほどの問題でもないからと判断したのか、単に鈍いだけなのか。 「じゃあ、着替えてきますね」 「うむ」 しばらくして、いつもの姿になって戻ってくる。 「早かったな」 「ははは…」 よほど早く着替えたかったのだろう。 (やはり、もったいないからな) 自分以外の人に見せたくないだなんて、幼い嫉妬心なんて、知らなかったんだから、責任はとってもらわないとと、一人納得するカナンに、セレストは不思議そうな顔をするのであった。 |
| 第二夜 | 「私、お二人のこと、応援してますからね〜」 「えーと……」 キャラ屋で捕獲ロープを購入して、店を出ようとしたら、主である萌流に言われたこの言葉をどう解釈すべきなのか迷うところだ。カナンとセレストは都市長ローウェルの依頼でこの地の天変地異の調査をしている。そのことに対して…とはあまり思えない。とはいえ、うふふ…と夢見がちの萌流に深くは追求してはいけない気もする。 「この間は気付きませんでしたけど、お二人はちゃんと証を身に付けてますしね〜」 うふふ…と更に夢見がちになる萌流。 「証……?」 ついつい顔を見合わせる。萌流の指摘がそう言う意味なら、否定できないことはないが、ここしばらくは恋人同士の睦みとは離れているし、そう言う振る舞いをとったこともない。(これはこれで、不満がないことはないかなんであるが) 「やだぁ。お揃いの指輪をしておいて、今更じゃないですか〜」 「え゛……」 萌流の指摘がセレストに新たな苦難を呼び起こしたそれだということに気付くのに数秒。そして、微妙に固まる二人。それを気にせずに萌流はさらに畳み掛けてきた。 「どちらがどちらかだなんて、やぼなことは聞きませんけど、きっと私のよそう通りですよね〜」 何がだなんて、聞きたくない。聞いたら、おしまいのような気がして、微妙な笑いを浮かべたまま、二人はキャラ屋を後にした。 「本当のことを言った方がいいだろうか……」 「きっと、都合のいいように解釈されるかと思います……」 妙に疲れた気分になったことは言うまでもない。 |
| 第三夜 | キャラ屋からの帰り道、ポツリとカナンは言った。 「僕は女性の認識をまた改めたような気がする……」 「……」 ああ、やはりとセレスト思う。セレストとて、そういう気分になったのだから。宮仕えの立場の自分がそうなのだから、王室育ちのカナンにとっては更に…であろう。お忍びはある意味、教育に関わるのかも知れない。(…かと言って、城を抜け出すのは論外だが) 「何だか、マリエルさんを思い出した……」 「あの方はじょにーでしたね……」 「あの人もインパクトが強かったけどな〜」 それでも、まだ普通に見えてくるのは、彼女が自国民だからという身びいきからではなく、萌流のあまりにものインパクトの強さにだ。 「女性は奥が深いな……」 その呟きにセレストは何とも言えない表情になった。 |
| 第四夜 | きっかけはカナンの何気無い一言だった。 「萌流さんも黙っていれば、可愛らしい人なのにな……」 「ええ、まったく……」 ヒライナガオのキャラ屋の主である萌流のあのテンションには着いていきかねる二人である。いや、二人でなくてもそうかもしれない。ローウェルに彼女について尋ねてみたところ、微苦笑でごまかされてしまった。つまりはそういうことだ。 「おっとりと可愛らしくはあるのにな、残念だったな」 「は?」 カナンの発言の意図が理解できず、セレストはきょとんとする。 「何の話ですか?」 「前に言ってただろう?」 それだけを言うと、プイと顔を背ける。 (そういう、ことか……) おっとりとした可愛らしい人が好みだというのはカナンに知られている。けれど、今のセレストにとって、愛しい存在は今、こうして傍らにいるカナンに他ならないのに。 (まったく……) 可愛らしい恋人の嫉妬に従者の顔を今だけ捨てることにすると、セレストは口を開いた。 「シリエさんは聡明で意思の強そうなお綺麗な方ですよね」 「?」 カナンの意図に気付いたのなら、慌てて弁明するかと思ったのに、急に話題を切り替えられて、カナンは戸惑う。 「カナン様はそう思いませんでしたか」 「まぁ…な……」 最初は彼女の足に気をとられてしまったが、言われてみれば、そう思う。 「……カナン様の理想の奥様じゃないですか?」 「あ……」 気の強い美人妻をめとるのが夢だと言ったのは二ヶ月も前のこと。今の今まで忘れていたけれど。 「おまえも、か……?」 敢えて、何をだなんて聞かない。セレストは微かに頷いて。 「少しだけ、焦りました」 そう言って、ギュッと抱き締めてくれる。 「そうか」 カナンはそっと自分を抱きしめる腕に手を重ねた。 |
| 第五夜 | 親友から、救いを求める手紙が来た時、不謹慎ではあるが私の脳裏に浮かんだのは、弟とその従者であった。 幼い頃から、この国の国父であり、ご先祖様である幻獣使いのルーシャス様に憧れていたのだ。冒険を夢見ていたことに気付いてないはずがない。生まれてきた頃から、見てきた弟だ。一緒に過ごす時間が少なくても、ちゃんとわかるのだ。 大きな変化は二ヶ月前にこの国に冒険者ギルドが出来てから、だ。午後から、こそこそとしていた彼等がこっそりと抜け出しているのを気付かない振りをするのは正直骨が折れた。一度、冒険者姿ではちあわせた時は必死でごまかす姿に笑いをこらえるのが大変だった。 その間に私が病に倒れたり、王冠紛失事件があったり。記憶が曖昧な時期があったり。深くは語らないが、手に残り傷跡と弟とその従者の表情に何かがあったことはわかった。問いつめたところで語ることはないだろう、とも。 その後は謹慎処分を与えたが、どこまで効力があるのやら。従者の溜め息の数が変わっていない辺り…まぁ、追求はすまい。彼は家庭のことでごたついていたらしいので、そういうことにしておけば、世の中は丸く収まる。 けれど、そろそろいいだろう。あれは自由な鳥だ。籠の中でおとなしくできるはずがないし、青い従者がついているから、本当に危ないことは彼が制してくれるだろう。 かつて、ルーシャス様に剣士ロイがいたように、弟には彼を理解し、守護する青い髪の従者がいる。だから、安心してみよう。鳥が自由に空を飛べるのは、それを受け止める青い空があるのだから。 そう決めてしまえば、後は早い。私は親友への返事を急いで書くことにした。 事後承諾にはなるけれど、私を人格者だと信じている青い髪の従者に対する悪戯心も添えて。 あとのことを考えると、妙に楽しい気分になっている私がいた。 |
一度に再録できないんで、とりあえず、5話まで。