「セレスト、懐かしいものを見つけたぞ」
 そう言って、カナン様が俺に差し出したのは鮮やかなブルーのビー玉だった。俺がはるか昔にカナン様に差し上げたものだ。
「まだ持っていて下さったんですか……」
「あたりまえだ。僕の宝物なんだぞ」
 当然のように胸を張るカナン様に俺も悪い気はしない。むしろ、嬉しいくらいだ。
「こいつの色に似ているよな」
 そう言うなり、カナン様は幻獣を呼び出す。城内では控えていただきたいが、素直に聞いて下される方なら俺だって苦労はしないし、
胃痛に苛むこともない。
「くぷー」
 俺の複雑な気持ちなど気にすることなく、幻獣はふよふよと俺の周りを跳んでいる。カナン様いわく、俺に懐いているそうなのだが、
俺の修業が足りないのか、その脳天気な表情から伺うこともできない。
「こいつも喜んでる」
 そういうものなのだろうか。魔法に疎いのはやはり不便だ。だが、気に入ってもらえたのなら、それはそれで嬉しい。嫌がられるより
ずっといい。
「幻獣の色に似ているのは当然ですよ。似ていると思って買ったんですから」
「そうなのか?」
 俺の言葉を意外だと言わんばかりのカナン様は目を丸くする。そんなに意外だったのだろうか。
「そんなに意外ですか?」
「いや、お前、最初は宝物だと言って僕に預けただろう。だから、かな……」
「ええ。宝物でした。陛下が公務の刈り入れで幻獣を召喚されたのを拝見して、子供心にも綺麗でワクワクしました。その時に買った
んです。幻獣を持つことはできないから、かわりにってね」
 思えば、騎士になる道を親父に示されたのはその時だ。
『幻獣がこんな風に召喚されるのはこの国が平和だからだ。それをよく覚えておけ』
 そう言った親父の背中が格好よく見えたのは錯覚でも何でもない。そこには騎士としての誇りだとか何やらに満ち溢れていて。多分、
俺の騎士への憧れはそこから始まったのかも知れない。
 キラキラと秋晴れの太陽の光の中で、刈り入れする厳重達の姿は彼等が戦いのために使われることがないからだ。御伽噺ともなって
いるこの国の創始者ルーシャス様の物語ではルーシャスの戦いにはなくてはならなかった存在がこんな風にのんびりとした光景の中で
存在する。この光景をいつまでも見ていたいなら、この国の平和が恒久的に続くようにこの国を守ることが大切なのだ、と。親父が言い
たいことはそういうことだったのだろう。
「言わば、私にとっての誓いのようなものだったんですよ」
 こんなことを話すのはカナン様が初めてだ。親父になんて言えるはずがない。懐かしいものを目にしたからか、いつもよりも口が滑る
ようだ。
「そんな大切な宝物を僕に預けたのか?」
 ビー玉を手にしたカナン様が真っ直ぐに俺を見上げて来る。
「大切な宝物だから、カナン様に預けたんですよ」
大切な宝物だからこそ、俺はカナン様に預けたのだ。
 帰るな、と小さな手で俺の服の裾を強く掴んだ。あの時の俺は父の計らいで剣の稽古をさせてもらっていると言う立場だったから、何の
力もない子供で。約束なんてしてやれなかったから。大切な物を預けるという形で俺なりの誠意を見せたかったのだ。あの時はカナン様も
小さかったが、俺も子供だったのだから……。
「でも、結局は僕にくれたよな。その時は宝物じゃなくなったのか?」
「それは違いますよ」
 正式に騎士となった日、俺はカナン様にビー玉を差し上げた。それまでは次に会う時に返してくださいね、という言わば約束の証。だが、
騎士になればずっとカナン様のお傍にいられる。苦し紛れの約束はもういらないから。
「じゃあ、どうしてだ?」
「わかりませんか?」
「む〜」
 少し意地悪だっただろうか。でも、俺の気持ちをご存知なのだから判ってくれたっていいはずだ。それは我が儘なことだろうか。
「ずるいぞ、ちゃんと言え!」
 案の定、拗ねてしまわれる。こういうところが可愛くてたまらないのだけれど、本人に言えば、ますます拗ねてしまうだろうから、口には
しないでおこう。その代わりに行動に移すことにする。
「カナン様……」
 戸惑われるより先にその唇を塞いでしまう。
「わかっていただけましたか?」
「む〜」
 心底悔しそうな表情で俺を見上げて来る。そして、俺の衿を掴みにかかる。
「カナン様……」
「判らないから、判るまでしろ!」
「……はい」
 思わず絶句してしまう。結局この方には敵わないのだ。一体、いくつのキスを贈れば気付いてくれるのだろう。一番大切な物はとっくの
昔にあなたなんだってことを……

“時間旅行”のセレスト視点で書こうと思ったら、こんな話になってしまいました。私が書くと、セレストは別人……。うう、なぜ?

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