小さな約束
「ずるい」
「はい?」
唇が触れ合う寸前で不満そうにカナンがそんな言葉を口にする。
「あの、カナン様……?」
口づけのタイミングを崩され、揚句のその言葉にどうしたものか、と言った顔をするセレストをカナンは不満そうに見上げたまま。
カナンはキスも思いを交わし合うことも、何もかもが初めてなのに、セレストはそうではない。付き合っていた彼女がいたのは
知っているし、多分、経験くらいもあるだろう。キスだって、男相手では白鳳にされていたから、男どうしでも初めてではない。
「キスに関しては違いますよ。カナン様も知っているはずなんですけど」
「え?」
「カナン様、覚えていらっしゃいませんか?」
「何がだ?」
わからないといった顔をするカナンにセレストはクスリ、と笑みを零す。少しばかり余裕を持った顔、だ。
「なんだ、その顔は」
「いえ。カナン様は覚えていらっしゃらないようなので」
「?」
顔に思いっきり疑問符を浮かべるカナンにセレストはしばらくお待ちくださいね、と部屋を出て行ってしまった。
「お待たせしました、カナン様」
しばらくして戻ってきたセレストは手に白い花を持っていた。新緑の時期に咲く花、白爪草だ。
「セレスト?」
「今の季節でよかったです」
カナンの視線を受けながら、セレストは白爪草に何やら細工する。やがて、それは小さな輪になる。
「失礼します、カナン様」
「え?」
そう言って、恭しくカナンの手を取ると、セレストは白爪草の輪をカナンの指にはめる。場所は左手の薬指。
「セレスト……?」
戸惑うカナンに、セレストは穏やかに微笑みを向けて、口を開く。
「私、セレスト・アーヴィングはカナン様のお傍にずっといることを誓います」
「!」
どう解釈しても、それは誓いの言葉で。しかも、左手の薬指には花で作った輪があって。もしかしなくても、指輪の意味だ。
「あ……」
「昔、こうしてカナン様に誓わせていただきました」
「えっと……」
同じ光景があったような気がする。あの時も白い花だった。
「あ……」
途端にカナンの顔が真っ赤になる。一気に蘇ってきた記憶があったのだ。
『セレスト、結婚しよう!』
そう言ったのはまだカナンが幼い頃で。姉のリナリアにみせてもらった絵本の影響だった。ラストはハッピーエンドで。結婚
して、幸福に暮らしました、めでたし、めでたしだったような気がする。
『結婚は好きな人とずーっと一緒にいることだって、姉上がおっしゃった』
だから、とセレストにせがんで。困った顔をするセレストに僕が嫌いなんだとか何とか言ったとは思う。多分、泣いたかも
しれない。
『じゃあ、内緒ですよ』
結局はあの頃からカナンに逆らえないセレストが折れる羽目になって。白爪草で作った指輪で結婚式のまね事をしたのだ。
『これでずっと一緒にいられるな!』
無邪気にもそう笑って。セレストの誓いの言葉は間違いもなく、あの時のものだ。
「僕もあの時に同じことを言ったんだよな……」
「ええ、まぁ……」
肯定はしているが、微妙に言葉を濁されているのは気のせいではない。他に何かあったはずだ。
「他には? 何かあったんだろう?」
「それはその……」
「言わなければ、この指輪をアーヴィングに見せて、今の言葉を聞かせるぞ」
「カナン様〜」
妹のシェリルの結婚騒動は記憶にまだ新しい。まして、セレストの場合、相手であるカナンは同性であり、使えるべき主君で
ある。確実に血を見ることになるだろう。
「それが嫌なら、とっとと言え!」
「わかりましたよ……」
こうなると、結局カナンに逆らえやしないのだ。つくづく、自分は甘いと自覚させられてしまう。
「その、誓いのキスをおねだりになられて……」
「って……」
「とりあえず、頬にしようとしたら、火が着いたように泣かれたので、その、唇に……」
頬が熱くなる。そこまでは覚えがない。
「だから、カナン様が初めてなんですよ。口づけも、誰かに永遠を誓うことも……」
そう話すセレストの顔も真っ赤だ。
「じゃあ、僕が最初なんだな……」
「ええ……」
気恥ずかしくてしょうがないけれど、何処か嬉しいと思ってしまう。だが、ふと思ってしまうことがあった。
「セレストは僕が何もかも初めてじゃなかったら嫌か?」
つまらないこだわりだとは思う。もしかしたら、呆れられるかもしれない。
「そうですね。嫉妬の一つはするかもしれませんね。でも……」
「でも?」
途切れた言葉を追って、セレストの顔を覗き込むと、穏やかに微笑するセレストと視線が絡む。
「カナン様の最後になれたら、嬉しいでしょうね」
「僕の最後……」
「どうしようもない独占欲だとは思いますけどね」
誰かの最後になるということは、それだけの愛情を独占することだ。どうしようもない独占欲、だ。
「我が儘ですね」
「馬鹿者……」
「カナン様……」
ぎゅっとカナンが抱きついてくるのにセレストは戸惑ってしまう。
「僕だって、そう思う。だから、それは我侭じゃないんだ」
「はぁ……」
全身で訴えてくる。この気持ちを認めてもいいのだ、と。そう許された気がして。セレストはカナンを抱く腕に力をこめる。
「ずっと傍にいろ。そう僕に誓ったんだからな」
可愛らしい命令にセレストは思わず笑みを浮かべる。カナン本人にそう告げたら、きっと怒ってしまうから口にはしないけれど。
「わかっています。ずっとお傍にいます」
そう告げると、セレストはカナンに誓いの口づけを贈った。
拗ねるカナンが書きたかったのです。過去話はまた次にUPします。
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