Littele Memory

窓の外を眺めて、カナンはため息をつく。せっかく水疱瘡が治って。外に出られるようになった。城の中庭には
春を知らせる生き物や花が顔を出し始めている。それなのに、第二王子の機嫌は下降気味。
「セレストのばかもの……」
 呟いて、カナンは頬を膨らます。窓の外はどこまでも青い空が広がっている。大好きなセレストを思い出す。
けれど、今、セレストはここにはいない。カナンが水疱瘡にかかっている間は学校が春休みと言うこともあった
ので、毎日来てくれた。外には出られないけれど、たくさんの話をしてくれたし、たくさんの本を読んでくれた。
なのに、カナンが水疱瘡が完治した日から、セレストが城に上がってこなくなった。ちゃんと、セレストの父で
あるアドルフに完治した
ことを伝えるように言ったはずなのに。
「カナン様、セレスト君は学校がお忙しいから、仕方ありませんよ」
 侍女の言葉に納得はしなければいけないと、子供心には思う。セレストはお城で働いてるわけではない。毎日の
生活がある。けれど、カナンが治ったら、たくさん遊ぼうと約束してくれたのだ。セレストは約束はちゃんと守って
くれるのに、今回はなかなか守ってくれない。それが何だか悲しい。
「カナン様……」
 向日葵のように笑う小さな第二王子の顔が曇っているのを見て、侍女はどうしたものかと考える。普段はあまり
我が侭を言うことのないカナンがこうしたこだわりを見せることはめったにないのだ。それほどまでに、セレストの
存在は大きいのだろう。
「そうですわ。お手紙を書いてみるのはどうでしょうか?」
「てがみ?」
「ええ。カナン様も字は書けるようになったんですし。喜ばれますよ。騎士団長にお願いしたら、帰宅なさってから、
お渡ししてくださるでしょう」
「そうか?」
 跡取りではない王家の次男坊ではあるけれども。年相応よりは少しばかり早くの教育は受けている。齢6歳の
子供ではあったが、一通りの読み書きは出来るようになっている。
「うん。てがみをかく! でも、どんなことをかけばいいんだ? ぼくはてがみをかいたことはないんだ……」
「じゃあ、今日のお勉強の時に先生にお願いしてみてはどうですか? 手紙をかく便箋は後で持ってまいります
から」
「うん。ありがとう」
 嬉しそうに笑う王子に侍女は微笑ましくは思うものの、内心で良心の呵責に苛まされる。そう、この時のカナンは
セレストの身に何が起こっていたのかを知ることはなかった。



 手紙を書き終えると、カナンはそれを封筒に入れて、部屋を出た。侍女がアドルフに言付けてくれると言ってくれた
けれど、今すぐに渡したい。カナンは騎士団長の部屋までとてとてと走って行った。
 近道をしようと、中庭を抜けていこうとすると、ちょうど兄である第一王子のリグナムと一緒にいるところを見つけ、
カナンは驚かせようとこっそりと木の陰に身を隠しながら近づいていった。当の二人はなにやらひそひそと話して
いる。
「アーヴィング、セレストの具合はどうだ?」
「愚息のためにリグナム様にまで心配をおかけして申し訳ありません」
 アドルフの言葉にリグナムは困ったように首を振る。
「心配半分とカナンの機嫌が戻って欲しいが半分だよ。カナンの水疱瘡を移してしまったのだからね。こちらが申し訳
ない……」
「とんでもない。いずれはかかった方がいい病気なんですから。もっと育ってからかかるんなら、今移ったほうがまし
ですからね。それを承知でカナン様のお側に行かせたんです。当人もわかってますしね」
「……しかし、症状はカナンより重いのだろう?」
「重いと言っても、鍛えさせていますから。疱瘡以外にはピンピンしておりますよ」
 あっけらかんと言うアドルフにリグナムは苦笑する。けれど、この物言いから判断しても、セレストの症状は悲観する
ほどのものではないらしい。
「早く治ってもらわないと、カナンが退屈で仕方ないといった顔をし続けるからね。甘いかもしれないが、私もカナンを
見てやれないし。セレストには本当に苦労をかけているが……」
「いえいえ。あれくらいで苦労などと言ったら、倅のためにはなりません」
 その後も、リグナムとアドルフの会話は続いていたが、カナンの耳には届いていなかった。最初の会話が何度も頭の
中でぐるぐる回る。
『カナンの水疱瘡を移してしまったのだからね……』
『症状はカナンより重いのだろう?』
 いくら、カナンが子供だといってもこの会話がわからないほどの子供ではない。
「僕のせいでセレストは……」
 人に移るから、外に出てはいけないときつく言って聞かされた時には、そんなことどうでもいいと思っていたけれど。
まさか、セレストに移ってしまうだなんて。どうして、言ってくれなかったんだろう。そうしたら、我慢したのに。外に出られ
ないことよりも、セレストが側にいないほうがこんなに辛いだなんて。
「セレストの馬鹿者……」
 セレストが悪いわけではないけれど、つい呟いてしまう。涙があふれそうになるのを必死でこらえて、カナンは自分の
手の中の手紙を見つめると、それをポケットにしまって、カナンは走り出した。



水疱瘡ネタの後日談です。移したら、やっぱり責任感じるよね? っていうか、感じろよ、うちの弟(…内輪受け)カナンの行動は
続きで……。

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