Littele Memory

 窓の外を眺めて、幼い王子様は溜息を一つ。パジャマにナイトキャップ姿はとても可愛らしいが、子供特有の柔らかな
すべすべの肌にできたぶつぶつの発疹。発熱からか、頬は僅かに赤らんでいる。
「お外にでたい」
「駄目です。治るまでは我慢なさってくださいね」
「う〜」
 乳母の言葉に、カナンは諦め切れない顔をする。
「いつになれば、なおるんだ?」
「お顔のぶつぶつが取れるまでですよ。かいてはいけませんよ。広がりますから」
 小さな王子に水疱瘡の徴候が現れたのは、つい昨日のこと。姉王女のリナリアは10日前にかかり、治ったのと入れ
代わるように、発症したのだ。
「カナン。あまり我が儘を言ってはいけないな」
 手を持て余す乳母を見兼ねて、兄王子であるリグナムがカナンをたしなめると、カナンは俯いてしまう。
「これは移る病気だから、他の人に移らないように気をつけなければいけないんだよ」
「兄上には移らないんですか?」
 素朴な疑問を口にすると、兄王子や周囲の者たちは顔を見合わせて笑う。
「私も皆も一度はかかったからね。水疱瘡は一度かかると、次にはもうかからなくなるんだよ」
 いわゆる免疫の原理を説明しても、恐らくはわかっていないだろう。
「大きくなってからだと、もっと外に出られなくなる。小さい時にかかった方がいいんだよ。だから、我慢しなさい」
「はい……」
 シュン、とうつむいてしまう弟が可哀相に思わないのかと聞かれたら、そうではない。たからといって、外に出して悪化
させたりしては元も子もない。
「どうしたものかな……」
 淋しそうに外を眺めるカナン。一週間もすれば、水疱瘡は完治する。それまでの辛抱だと言えば、それまでの話だが、
やはり可哀相だ。カナンが喜ぶことをしてやりたい。そう思うリグナムであった。


 そして、翌日。昨日と同じようにつまらなさそうな顔で外を見つめているカナンの元にリグナムがやってきた。
「今日はカナンにお見舞いを持ってきた。正確に言うと、父上とアーヴィングからもだがね」
「父上とアーヴィングも?」
 リグナムだけでなく、父と騎士団長の名前が出てきたことにカナンが首をかしげると、リグナムはにっこりと笑顔のまま、
扉に向かって声をかけた。
「入ってきてくれないか?」
「失礼いたします」
 その言葉とともに、目に入った大好きなブルー。途端に、カナンは顔を輝かせた。
「セレスト?!」
「カナン様、ご機嫌はいかがですか?」
 カナンの大好きな優しい笑顔で声をかけると、カナンはセレストのところまでかけてきた。
「兄上、おみまいとはセレストですか?」
「ああ。ちょうど、今は春休みだと聞いていてね。来てもらったよ」
 普段は休日か、学校帰りにしか来られないセレストの思わぬ訪問にカナンは嬉しさを隠せない。
「カナン様? お体は大丈夫ですか?」
「だいじょうぶだ。おそとにでられないのがいやだけど」
「治るまでは駄目ですよ。その代わり、私が一緒にいますから」
「うん。わかった」
 外に出られない弟王子へのお見舞いは功を奏したようだ。はしゃいでいる様子を見てると、こちらまで嬉しくなってしまう
ものだ。
「セレスト、無理を言ってすまないな」
「いえ……。そんなことはありません」
 セレストもこの小さな王子様が大好きだから。自分を慕ってはしゃいでくれるのなら、休暇の一日くらいは潰れてもいい、
そんなことを考えていたりする。
「セレスト、この本を読んでくれ」
「はい、わかりました」
 その日一日、セレストに遊んでもらったカナンはとても上機嫌な一日を過ごしたのであった。


 一方、その頃、アーヴィング家では……。
「ねぇ、お兄ちゃんは?」
「カナン様のお見舞いに行ってるわよ」
「ねぇ、お母さん」
「なに?」
「お兄ちゃん、水疱瘡はまだだったんじゃなかったっけ?」
「ええ。そうよ。あなたは今度の流行でかかったから、移ってるはずだし。どうせなら、学校が始まるまでに発症するといい
わねぇ……」
「……そうよね」
 国民、総のんきなお国柄の家族の会話の一幕。実はセレストは水疱瘡にはかかったことがなく。シェリルがかかったから、
移る覚悟もあったのだ。その後、見事に水疱瘡に感染したセレストではあるが、シェリルや幼いカナンとは違い、大きくなって
からの水疱瘡だってたため、療養期間が2週間以上かかってしまい、自分が移してしまったと思い込んだカナンが一騒動を
起こしてしまうのはまた別の話であった。

水疱瘡ネタです。後日談は書きます。セレストが水疱瘡になる話です。大きくなってからの水疱瘡は治るのに、かなりかかります。
私がそうでした(>_<)
 この話のカナン様は6歳で、セレストは13歳です。セレスト編も書きたいなぁ……。

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