ハムスター気取り

 現在、セレストの部屋の中に鎮座している水槽の中には現在、回し車と寝わた。これだけを見れば、ハムスターを飼って
いるの?と言われそうだな、とセレストは苦笑する。
「う〜」
「少しだけ、待っていてくださいね」
 実際の水槽の主は10センチサイズの小さな王子様。かいがいしくセレストは世話を焼いている。
 騎士団の仕事でパトロール中、不思議な卵を拾ったのが、そもそもの始まり。孵してみれば、中から現れたのは小さな
王子様。名前はカナンと名乗り、すりこみだからと言うことで面倒を見る羽目になってしまった。けれど、この王子様と過ごす
毎日は楽しくて。多少のごむたいも可愛いものである。
「はい、ちょっとおとなしくしてくださいね」
 細切れと言ったくらいに小さく切った湿布を小さな王子のリンパ腺の下に貼ってやる。それから、くるんと頬をくるんでやる。
「どうですか?」
「ん……。冷たくて、気持ちいい……」
「それは良かったです」
 ほっと安心の溜息。カナンの様子がおかしいことに気付いたのは今朝。何処か、視線が虚ろでぼんやりしていて。頬が
ぷっくら腫れていた。どう見ても、おたふく風邪の症状だ。水槽の中が中なので、本当にハムスターのようだ。いろいろな
気取りはするのに、ハムスターはなかったなと考えてしまったりもする。
「治るまではお外に出てはいけませんよ。他の人やモンスターに移しては困りますから」
「いつになれば治る?」
「一週間くらいですね」
「そんなにか……」
 つまらないと全身で訴えてはくるが、こればっかりは仕方ない。人間に移るならともかく、モンスターに移って何か別の
病に変質してしまったら厄介だ。
「つまらんな……」
 ちょこんと座って、カナンは呟く。どうせ、セレストは自分を置いて仕事に行ってしまうのだ。そんなことを考えていたら、
セレストは椅子から立ち上がって、そのまま出て行ってしまった。
「やっぱり……」
 つまらなくって、カナンは寝わたに潜り込んではみるが、眠たくないので、眠れない。時計の針を刻む音だけが耳に響く。
「……」
 淋しくて、たまらない。こんなに淋しいのにセレストは自分を一人にして。淋しさから、カナンは無意識にセレストの名前を
呼んだ。
「セレスト……」
「呼ばれましたか?」
「!」
 思いもかけない返事にカナンはガバッと起き上がる。すると、セレストがカナンの大好きな優しい笑顔で自分を見つめて
いた。
「仕事に行ったんじゃなかったのか?」
「病気のカナン様を置いては行けませんよ」
 そう言うと、セレストは手にしていた籠から、何やら取り出して、空っぽにすると、寝わたをカナンごと水槽から取り出した。
「セレスト?」
「しばらく待っていてくださいね」
 寝わたの上にハンカチを敷き詰めて、カナンをその上に載せた。
「はい、掛け布団です」
「え……?」
「今日は一日中、カナン様のお傍にいますから。それに、水槽の中は寒いでしょう?」
 だから、ここでお休みくださいね、と告げて、セレストは籠ベッドにカナンを寝かせてやった。
「セレスト……」
「何ですか、カナン様?」
「……何でもない」
 何か言おうとは思うのだが、胸が一杯で言葉に詰まってしまう。それが何だか悔しいので、蒲団に潜り込んでしまう。
「私がお傍にいるのはお嫌ですか?」
「嫌なわけない、馬鹿者!」
 思わず、顔を出して怒鳴ってみれば、セレストと目が合って。
「それなら、よかったです」
「う〜」
 やっぱり、何だか悔しいけれど。大好きなセレストの笑顔が今日はまるまる自分のものであることに満足は覚えている
カナンであった。

ちっちゃ王子です。おたふくだと、ハムスター気取り? とか思ったので……。それだけ。

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