翳り
空に浮かぶは、不安定な印象さえ与えるガラスの破片のような三日月。 紺碧の夜の闇の中、それはほのかな淡い光を称えていた。 綿のような薄い雲が所々に満天の星空に散らばり、そこに冷たさを感じる風がそっと 吹き抜けていった。 ルーキウス城の二階、カナンの私室。 全ての窓も扉も閉ざされた部屋の中に、二人の人物の荒い吐息が響いていた。 すでに両者とも衣服は取り払われて、生まれたままの姿を目の前の相手に晒していた。 互いの身体に腕を回し、飽く事なく深く口付け合う。 熱い舌が相手の口内を彷徨い、探りあう。理性を奪い、行為に没頭していく。 カナンは、目の前の男にすがりつくように…その背に回した腕に力を込めた。 どこまでも熱を持った身体が愛しくて仕方ない。 (セレスト…) 心の中で、強く相手の名前を呼ぶ。 自分の方が相手の身体の下に組み敷かれているのに…彼の人の身体を、全てを抱きとめるようにその逞しい肩に腕を回した。 青い髪をそっと慈しむように撫ぜる。相手もまたこちらの瞳を、表情を見つめる。 こうして相手に触れているだけで、どうしようもない想いが胸を焦がしていく。 どこか頼りなささえ孕んだ声で、カナンは愛しい男の名を呼んだ。 「セレ…スト…」 「お辛いですか?…カナン様」 思わずこちらが不安から口をついて出た言葉に何かを感じ取ったのか、相手が瞳を覗いてくる。視線が合うと…まるでこちらの 心を見透かされそうで、切なさに胸が苦しくなる。 「いや…何でもない」 だが本心を悟られるのが嫌で、そっと相手から視線を逸らす。だがその腕には力を込めて…まるでこの青年に縋り付いている かのようだった。 事実、少年の胸の内にはどうしようもない不安と幸福感がない交ぜになっていた。 セレストと触れ合っている幸せと…まるで野生の獣のように浅ましく相手に欲情し、欲する心。 相手から与えられる心理的と肉体的な快楽が高ければ高いだけ…真の意味で一つになど溶け合えない事がもどかしく、恐ろし かった。 「どうかなさいましたか…?」 いつもの…例え自分の胸の下にいても失われない瞳の気丈な輝きが今は翳りを見せているような気がした。それは何かから… 負の心から目を逸らしているように映った。 こうして肌を重ねていても、カナンは不安なのだろうか。そしてどうして不安に思っているのだろうか。 そう思案して、優しげな口調に心配が混じった。 「ん…。だからな、にも…なんでもないと言っているだろう」 だが自らの不安から発してしまった声。それで相手にその心中が伝わってしまった事を察してカナンは戸惑いを覚えた。 そんなに穏やかにどうしたなどと聞かれて、応えられるはずもない。 誤魔化すように青い髪の頭を引き寄せ自分から口づけた。 当然キスをされたので最初は少年にされるがままだったが、次第に青年の方も情熱を持ってその行為に応えていた。 明確な意思を持ったその舌がカナンの口内に侵入し、その柔らかな舌を捕らえてそっと歯列を撫ぜた。上あごの彼の弱い部分を 刺激すると、回されている腕が、肩が堪えきれずにそっとわなないた。 「…うぅん…!」 苦しそうな声が隙間から零れていたが、今度の呼びかけには青年は応えず、舌を離さなかった。 代わりにカナンの指に自分の指を絡めてきた。その指をぎゅっと握り、押し寄せる恍惚の波に耐えた。 「セレスト、もう…いい…離せ」 相手から与えられる愛撫に、行為に自分ばかりが理性を狂わせられておかしくなっていくのに耐えられなかった。 だがセレストは唇は解放してくれたが、その他の手の動きは止めようとしない。繋いだ手を引き寄せて、柔らかな唇を押し付けて くる。 まるで何かをカナンに誓うかのように。 「セレスト…離せってば…」 だがその緑の瞳は、一瞬だけこちらの顔に視線を向けると…目を閉じてなお手の甲に口付け続けていた。 それがあの日の…二度目に肌を重ねて後ろから貫かれた時の事を連想させて、つい知らずに顔が赤くなってきた。 だから、恥ずかしさに耐え誘う言葉を…なのにこんな時のセレストは…そんな自分の気持ちに気づかない振りをするのだろうか。 こんな時の彼は…少し意地悪で、タチが悪い。 「…もう、なんですか?カナン様」 だがこっちのそんな感情を知ってか知らずか、青い髪の青年は笑みに残酷さを滲ませ訪ね返す。妙に気恥ずかしくてカーッと 体が熱くなのが判った。 「そんな所にばかり…キスしなくて良いだろう…」 「じゃあここが宜しいですか?」 そういって唇に人差し指をそっと宛がう。それだけの事にビクリと過敏に反応する自分が少し恥ずかしかった。 いつものようにうまく言葉が出ない。頭が、舌が回ってくれない。 照れ隠しの為に拳で相手を打つが、どうもうまく力が入らず鍛え上げられた胸にはじき返された。 そんな可愛らしい抵抗を見てセレストは相変わらず、普段は見せない少し意地の悪い笑みをうかべつつその拳をつかまえて再び 口づけた。 セレストの吐息と唇の柔らかさを感じて、またカナンの顔は赤くなった。 「申し訳ありません。つい…」 「つい、何だというんだ?」 「貴方のそのお顔が可愛らしかったので…」 可愛いと言われて激昂しかけた少年が何かを言い返す前に、そのどこか大人になりきれていない身体を強く引き寄せて、また セレストの 唇がカナンの唇を塞いだ。 また…深く思考を蕩かすような激しい行為へと変化していった。 カナンはキスは好きだった。 お互いの心が優しく溶けていくような気持ちになれるから…。どんな時よりもセレストを身近に感じる事が出来るから…。 だから二人は肌を重ねている間、良く唇を重ねあう。どちらから求めているか判らなくなるくらいに…自分たちは最中にキスをしている ような…そんな気がした。 両方の胸の頂を小刻みに刺激を与えつつ、繰り返される深い口付け。どうしようもなく気持ちが追い上げられていく。 カナンの性器がどうしようもなく熱を帯びていく。それは青年の方も同じらしい。 そこに手を伸ばされた時、少年の顔は真っ赤になっていた。もう幾度も身体を重ねているというのに…その反応のウブさはセレストの 気持ちをどうしようもなく煽る。本人はその事実に気づいていないけれど…。 「ん…くっ…」 セレストの手が的確にカナンの弱い部分を責める。 先端の鈴口からはすでに蜜がしっとりと溢れていた。それは更に強い刺激を、解放をねだっているかのようにヒクヒクと震えていた。 筋を優しく辿ってやると、おののくようにカナンの背がのけぞる。そんなじれったい動きでは物足りない。 そんな感じで、青い瞳が訴えかけてきた。 だから青年はもっと気持ちよくさせてやる為に余った皮を上下させて、強く扱いてあげた。先端から滲み出る先走りが、すでに粘り すら帯びて来ていた。 最初に少し焦らされた分、感覚が鋭敏になって来ているようだ。 その悦楽から逃げる為に、カナンは抵抗の意思を示したが…だが青年は容赦はしてあげなかった。 「ひぁ…もうやめろってば…」 「本当に止めて宜しいんですか?」 「あぁ…あぁ…!」 ついに堪えきれずに甘い嬌声が漏れる。的確に施される愛撫。 頭が霞掛かったような、真っ白になっていくような感じだ。マトモに頭が働かなくて、ただ相手から与えられる刺激に淫らに反応して いく。 「やぁ…セレストォ…」 滅多に聞けない、甘い声。普段はプライドが高くて…今よりもっと幼い頃であった時でさえこの王子は素直に甘えてくる事は少な かった。 いつも意地っ張りで強がって…そういう形でしかこちらに甘えてくる事はなかった。だからこうして切羽詰って漏れる、ねだっている ようにさえ聞こえる響きは…背筋すらもゾクゾクさせた。 いつもは自分が従っている主人。それが自分の身体の下で喘ぎ、こちらの思うがままに翻弄されている様は、普段は表に出ない セレストの男としての支配欲を満たす。 「キレイですよ…カナン様…」 「ん…くぅ…!」 耳元にそっと囁いて、その甘い肉をそっと唇で啄ばむ。 こちらに追い上げられて、赤く色づくカナンは本当に美しいと思った。自分だけが知る…快楽に溺れている姿。 すでに限界が来たのだろう。眉を顰めて息を詰めて絶頂の時を迎える。 「うぅ…あぁ…」 泣いているようにさえも聞こえる、切迫した声。事実カナンは泣いていた。あまりの快楽に。それは生理的なものであったけれど… 正気に 戻ると青年から顔を逸らして、ポスッとマクラに顔を埋めていた。 「カナン様…」 「今は僕の顔を見るな!」 泣いているのは自分でも判っていたらしい。こんな事で涙を流しているのが恥ずかしくてというのは…長年の付き合いだ。充分過ぎる 程に推測はつく。 「どうしてですか?」 「聞くな! ともかく見るな!」 「今は私は対等なパートナーですから、聞けません」 「お前! こんな時だけ…!」 セレストが白い首筋に舌を這わせる。たった今登りつめた直後の身体はそれだけで敏感に反応する。ピクリと震える肩、それも愛お しい。 「ダメだ…まだ…」 「カナン様のここはこんなに熱いですよ…?」 唐突に、カナンの滑やかな双丘に手を伸ばし、彼をいつも含んでくれる箇所にそっと指を侵入させる。 自分が放ったばかりの精液で濡れた手が、ゆっくりと…だが確実にカナンの中に侵入しそこを解していく。 入り口のカナンが弱い場所を責めてあげると…さっきまで翳っていたその双眸が気丈な光を宿していった。 だがこちらからの刺激で身体に力が入らないらしく…抵抗する力は弱い。それが何ともアンバランスで…扇情的だ。 「ヤダァ…ヤダってば…」 今夜の彼は少し強引で…性急だ。カナンは夕暮れの情景を思い出す。一方的に感じさせられて、好き放題にされた時の事を。 「どうしてですか…?」 「僕ばっか感じさせられているのはイヤだ…!」 けれどセレストの手は止まらない。多いとは言えないが、すでに何度も彼を受け入れた。 彼もまた自分の身体を把握しつつある。だからどうすれば自分が感じるかなどすでに判っているのだろう。 後ろだけでどうしようもなく気持ちが追い上げられていく。 それが凄く一方的に思えて…カナンには抵抗があった。 だがそんな可愛い拒絶も、キスでそっと解き解していく。カナンに侵入する方の手は緩めずに空いた方の手で涙をそっと拭い、その 鮮やかな黄金の髪を撫ぜる。 「ふっ…うっ…」 甘い舌に全てが絡み取られていく。思考も、熱も…どこかで強張っている気持ちも。 後口がそれに呼応するように、セレストの指を柔らかく食い締めていく。 だがその不快感と違和感は完全には消えてくれない。 緊張できつく目をつむり顔を横に背け、その感触に耐えた。だがそんなカナンを気遣うように青年は耳元に息を吹きかけ、そっと囁いた。 「よろしいですか?」 訪ねる声に応えず、見つめ返す事で許可の意を伝えた。 意をくんでうなずいたセレストはカナンの足をそっと押し開く。いやらしい光景だと思う。全てを相手に晒してしまうのと同じ事だから。 今更止める事が出来ないのは自分も同じだ。一方的でどこか強引な今夜の彼に戸惑いながらも…すでに火をつけられてしまった 身体は更に強烈な刺激を求めている。 セレストの性器がカナンの…いつも受け入れている箇所に宛がわれる。それを予感して、少し身を硬くすると青年は額に、そして唇に 啄ばむようなキスを降らせた。 いつもと同じ、優しい仕草。自分を気遣ってくれる行為。 それにやっと安堵を覚えて、青年の広い背中に両腕を回してしがみ付く。裸の胸が合わさり、相手の息遣いが…鼓動がより鮮明に感じ 取れる。 二人とも相手が欲しくて高ぶっている事実を、それが何よりも雄弁に伝えていた。 それをカナンからの同意と受け取り…傷つけぬように、少しでも負担を掛けないように慎重にセレストは進入を開始した。 愛しい少年は少し苦しげに眉間にしわを寄せている。半分くらい入ったところで、息を吐き口元を緩める。セレストはそこで止まり、 こちらが慣れるのを待ってくれているようだった。 愛撫がどこか独りよがりであった時に感じた不安が、そっと解き解されていく。こちらがキスを求めると、向こうも快く答えてくれる。 今夜においては一つになってようやく…心が近くなったような気持ちになれた。 熱い大きな手のひらが無言で、カナンの頬を撫でた。 「大丈夫ですか?」と言いたいのだろう。大丈夫だと伝えるために少年もまた自分の中に納まっている男の青い髪に触れた。 指を入れ梳いていると、再び挿入が始まりつい握りこんでしまった。 さすがにこれは痛みを覚えたらしくセレストはその手をとってそっと髪から外させると、一度口づけてから離した。 だが、期待した動きはない。この動きは緩やかでかなり物足りなさを感じた。 どうやらこちらを気遣っているようだったが…今のカナンにとっては却ってそれがもどかしくて溜まらなかった。 顔を上げると此方を伺うような瞳と目があう。この男は…。自分は今物欲しげな目をしていたのだろう。それを見られたかと思うと、顔に 火がつく。 もう一度顔を上げると、カナンの羞恥している様に満足げな瞳と視線がぶつかった。 こちらから先に目を逸らすと、頬をひとなでして動き出す。 目を細めて切なげな顔をしている、この顔を眺めるのがカナンは好きだった。 今自分を激しく求めていてくれているという事実を…噛み締める事が出来るから。 手を伸ばし、セレストの額から伝う汗をぬぐう。 それに気がつくと、此方を見て微笑む。この顔をずっと見ていたい。けれど、波打つ快感に相手の顔を眺める余裕もなくなり…更に深く 相手を求めていた。 「あ、もっ…だめ、セレスト…!」 「はい。参ります…」 こんな時にも、馬鹿丁寧な言葉遣いでセレストは求めに応じた。 カナンの手を握り最後の律動を伝えてきた。セレストの果てる動きを 感じて、身体がのけぞった。 熱い…彼の迸りを少年は身体の奥で受け止めた。それに同調するように、その身体が小刻みな痙攣を繰り 返す。 背筋からはい上がる感覚に、快楽に…一瞬、気を失った。 「……カナン様…」 心配げな緑の瞳が覗き込んでくる。それですぐに正気を取り戻す。だが…身体にはまだ青年が納まったままだし、まだ自分の身体には 余韻が色濃く残っている。 多分顔も身体も火照って赤くなっているのだろう。そう自覚したと同時に掛けられる一声にやはり羞恥を隠せなかった。 「お可愛らしいです。」 少年にとっては聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。だが言葉を返そうにも息が整わない。荒く呼吸を繰り返すので今は精一杯だ。 何も言えないカナンを見て、今度は唇で目元を拭った。またいつの間にか涙を流してしまっていたらしい。その妙に余裕のある相手の 態度にむかむかしたので、主は従者のその青い髪をつかんで引っ張った。その手に容赦は見えない。 「いたたたた。痛いです、カナン様」 「早く僕の中から出ろ。」 「もう少し、余韻を…」 「イヤだと言っている。早く…」 だがセレストはカナンの中から出る気配を見せない。 「もう少し…貴方と一つでいたいです…私としては…」 「どうせ…長く繋がっていたって…どうせ本当の意味では一つになれやしないんだ…。早いか遅いかの違いな…だけだろ?」 カナンの投げやりな言葉に、セレストは少し苛立ちを感じたらしい。その唇を塞いで、舌を侵入させる。 登りつめたばかりで敏感になっている身体にはこれはキツイ。慌てて身を捩って逃げるが、青年は手加減しなかった。 「んー! んー!」 このパターンだと、もう一回セレストとしてしまうかも知れない。何度か肌を重ねていてこんな展開になる事は何度かあった。 いつもならば疲労は通常よりも濃くはなるけれど…密かに嬉しかったりするのだが、今夜はそんな気分になれなかった。 「何をそんなに不安になっているのですか、カナン様…」 「不安になってなんか…!」 自分の心を汲み取られて、少年は否定した。だが相手はそんな虚勢などお見通しらしい。セレストの手がカナンの顔をそっと静かに 包み込んだ。 「ならどうして…さっき貴方の瞳は翳っていたのですか…?」 「翳り…?」 「いつもは強く輝いている貴方の青い目が…あんなに不安そうに曇っているのを…ずっとお傍にいる私が気がつかないと思いですか?」 無言のまま、青年が自分の胸に愛しい相手を抱き寄せる。鼓動…セレストの心音。生きている証…さっきは荒かったそれが穏やかな リズムを刻み初めている。 暖かい…。 「お前とこうしていても…僕らは一つにはなれない」 それにようやく少し不安を癒されて、本音がポツリと零れる。 「そして…僕は隠さなければならない。お前とこういう関係なのを…」 すでに昨日の事になってしまうけれど、夕暮れ…一方的にセレストに快楽を与えられて喘がされた。 あの時の…誰かに見つかってしまうかも知れないという恐怖と…その裏に感じていた感情を思い出す。 当たり前の男と女ならば…そして自分の家族ならば変な話露見をしても…自分は嫡男ではないのだし身分違いでも愛し合ってさえ いれば結婚を許可してくれるだろう。 だがセレストとの関係が他の人間にバレたら? 同性で長年一緒にいたというのを利用して一方的にカナンと関係を結んでいると見な されてしまったら? 手を公に繋ぐ事も、恋人である事も表に出す事は出来ない。心は繋がっていると確信をしているからこうして身体を重ねているのだが… これだって本来ならそんなにしない方が発覚する可能性を少しでも減らす事が出来る。 ジレンマ。多分この関係が他者に知られれば…多分悪役に仕立てられるのは、処罰を免れないのはきっとセレストの方だ。 縛り首…いや処刑まではいく事はないが…人に悪辣に罵られるかも知れない。今まで彼が築いてきた全てを壊してしまうかも知れない。 それはいつか自分と一緒に旅立ってしまう時にも失ってしまうかも知れないもの。 だが…関係が露見してから逃げるように旅立つのと、自分と一緒に彼の気持ちが伴って出奔するのでは天と地ほどの開きがある。 「あの夕方の…行為をしている最中、誰かに見つかるのか気が気じゃなかった。その時にこう考えたんだ…一日も早く、お前と一緒に旅 立ちたいって…」 「それは…」 「判っている。まだその答えをお前に要求するつもりはない」 「すいません…」 「けれどどこかで…発覚してしまったその時は…どの道お前の周囲にある全てのものを失わせてしまうのならば…僕はお前を浚ってしまい たいと思った…」 セレストはここに留まる事を望んでいる。いまの日常が変わる事なく繰り返される事を願っている。 逆にカナンは変化を望んでいる。同じ場所で、同じような日々を過ごす事が耐えられない。だから外に出て、新しいものに触れたいと考え ている。 気持ちは…相手を欲し慈しむ気持ちは同じなのに相容れない心。身体だけではない。心まで完全に一つにはなり切れはしない。 さっきようやく彼が来て、待ち望んでいた二人の時間が訪れたというのに…そんな事を思ってしまった。 「セレスト…僕は嘘がうまくなった。お前とさっきまであんな事をしていたというのに夕食で父上達と笑いながら平然と話しているんだ。多分… こうしている現場を見られなければ僕はきっと隠し通せる。けどお前は…?」 「私は…?」 カナンが言いたいであろう言葉の続きは推測がついた。 「お前はきっと、僕ほどうまく嘘はつけないだろう…? 良い意味でも悪い意味でもお前は真面目で率直過ぎて…融通が効かないからな」 「だから一緒に…ここから旅立てと申されますか…?」 「それがお前の為だと思うんだが…けどな」 少し気弱になって、相手の胸に顔を擦り付ける。 「僕にだって…どこかで家族と離れたくないと気持ちはあるんだぞ…」 「そうですか…」 その一言にどこかほっとした。 「このジレンマはどうしたら良いんだろうな…何かを選ぶという事は、何かを捨てる事に繋がるという先人の言葉があったが…今ほどこれを 感じた事はないぞ」 「カナン様…私の気持ちを述べて宜しいですか…?」 「構わないぞ…」 滑らかな頬にそっと口付けるとくすぐったそうにしていたが…少し緊張は解けたらしい。それを確認してから、言葉を紡いだ。 「貴方の出奔の件に関しては今は答えを出せませんけれど…けれど貴方とどこまでも一緒にいたいという気持ちだけは確かです」 少しだけ驚いた風な顔をしたが、その少年の双眸が次第に気丈さを取り戻していく。 翳りが…取り払われていく。 さっきそれが耐えられなくて、少年の身体を煽って挑発をしたのだ。多分…屈辱を感じさせるくらいに感じさせれば、きっとこちらを強い 眼で見つめ返すと思ったから。 けどこうして正気の時にその負の部分が取り払われるのを目の当たりにした方がずっとセレストにとっては感慨深かった。 何よりも誇りの高いカナンが自分の言動に左右されている。それだけ重要な位置を占めているのは…やはり喜びを感じてしまう。 この少年にとってかけがえのない存在に、自分がいられる事は…。 「今はこれだけしかお答え出来ませんが…これじゃダメでしょうか?」 「いや…充分だ」 ようやく、花が綻ぶようにカナンが微笑む。 「ありがとな、セレスト…」 「いえ…」 むしろはっきりとした答えを示して、安心をさせられない自分が恨めしかったがそれを口に出せばまた少年の機嫌を損ねてしまうのは 目に見えていたので沈黙を保った。 代わりに…大事そうに相手の髪や、背中を撫でる。 その優しい仕草に落ち着きを覚えて来たのだろう。熱はすでに冷めてはいるが…代わりに何か満たされたような気持ちを二人は感じて いた。 そうなってようやく相手を身近に感じて、一つでいられる事が愛おしく思える。 「貴方をどこまでもお慕い申し上げます…」 「うん…」 そうして、優しいキスが降って来た。 カナンも嬉しそうに、そして素直に…その行為を受け入れていた。 月光に照らされて、ふいに見せた真実の心。 そして今は氷下一枚の危ういバランスにある関係。 時には翳り、迷いを見せる事もあるだろう。 だが二人の心にはまた光も強く輝いている。 お互いという存在が…。 以前に発表した『仮面』の続きに当たる話です。 その為に少しシリアステイストで、Hが濃い事請け合いという…(汗) ただカナン様が城内でセレストと肌を重ねている時に、そしてこの関係に関してどう感じているかというのを書いてみたくて執筆して みました。 え〜と今人様にすぐに進呈出来る話のストックが私の中ではこれしかなく…RYOさんが裏をその内作成するつもりという のをどこかで聞いたので、すいません…お詫びの品はこれになってしまいました。 煮るなり焼くなりお好きなように…この作品の権利をそちらに進呈させて頂きます。 お詫びの品…遅れてしまってすいませんでした。 |
すごくいい雰囲気のお話です。ちょっと憧れますね。自分では書けないし。高宮様、本当にありがとうございました。私、何もしてないのに
すごく申し訳がないです……。