彼女の初恋
初恋はかなわない…とはよく言われていること。瑛自身も半ばそう思っていたのかもしれない。 (あの日以来、もう会えないんだしな……) 約束の口づけを交わしたのは遠い日。子供ながらに精一杯の表現だった。 (あのころに戻れるなら、うん。止めてたかもな) 気恥ずかしくて仕方ない部分もある。あの時は泣いていたあの女の子の涙を止めたくて。あの物語の若者が人魚と出会えたように、瑛の人魚はあの女の子だと思ってしまったのだから。 柔らかな唇が触れた、高校一年生の初夏。誓いの口づけではなく、偶然に触れた。 「事故だよ!」 そうとしか言えなかった。その時はそれが精一杯だった。 そして思い出す。夕焼けに照らされた海で誓いの口づけを交わした幼い少女を。その面影そのままの彼女が目の前にいることに初めて気づいて。 (嘘だろ……) 瑛の素の姿を知る彼女はやっかいな存在だと思っていた。それがまた事故によるキスを交わし、遠い夏の日の約束の相手。なのに、彼女はぼんやりというか、あまり細かいことを気にしないと言うか。自分だけがやきもきしている気がして、理不尽で仕方なかった。 だから、認めなくなかったのかもしれない。彼女に惹かれつつある自分を……。 「私の初恋の人はね、海の匂いがする、優しくて格好いい男の子だったんだよ」 「何で過去形?」 彼女の言葉に瑛は不満そうな顔をする。 初恋はかなわない…その言葉を彼は身を持って実践しようとした。出会えて、そばにいられた人魚の手を離してしまったことによって。人魚はそれでも瑛を待っていてくれて。若者とのもう一度の約束を交わして。そして、今二人でいる。 「だって、入学式の時の朝の瑛くんは不機嫌そうで、迷惑そうだったし。入学式の時だって、出会ってまずそうな顔だったし」 「あれは……。仕方ないだろ」 あの時は珊瑚礁と学校を両立するために優等生の顔をかぶらなければならなくて。ぼんやりしている彼女がいつ瑛のことを言い触らさないかが気になって仕方なかったのだ。 「気に入らないと拗ねちゃうし。すぐにチョップするし。あの時の男の子は迷子になって泣いてる私を慰めてくれたのにね。私、瑛くんがあの時の男の子だって気づかないの、仕方ないよね」 からかうようにいう彼女にすかさずチョップを落とす。 「いたーい!」 「痛くしたんだ。当然だ」 むぅ…とむくれる彼女に瑛はフンと鼻を鳴らす。 幼い約束を先に思い出したのは瑛で。彼女はなかなか気づいてなかった。互いに名を名乗ることもなかったことを思いだし、脱力もした。小さな二人には互いの存在だけでよかったのかもしれないけれど。 「でも、ロマンチストな男の子だったよね。ちゃんと、見つけてくれたしね。有言実行の男の子、だ」 「……。人魚の手を離したのに?」 「でも、来てくれたでしょ?」 そう言って、穏やかに笑う少女の笑顔にまた救われた気がして。 「俺の初恋の女の子は迷子になって泣きじゃくってた可愛い人魚だったよ」 「泣いてたのがかわいかったの?」 「綺麗な涙だと思ったよ。でも、悲しい涙は嫌だった。だから、幸福な涙以外は流させないから、な」 彼女に向けて…というよりも、自分への戒めへと。 「だから、離さないからな」 「うん。離れない」 つないだ手に互いに力をこめて。そうして、新しい誓いのキスを交し合った。 |
主人公にとっても瑛が初恋であるといいなぁ…と思って書いてみました。迷子になったときに優しかった男の子が、高校生になってから再会したら、
裏表あるわ、チョップするわじゃ思い出すの難しいってw 葉月とは別の意味で、変わりすぎだろうw
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