Free Bird
セレストの午後はカナンの警護役としての勤めがある。だが、最近、彼のそんな日々に変化が訪れた。 「すまないな、手伝ってもらって……」 「いえ、かまいませんよ」 カナンの兄であり、ルーキウス王国第一王子であるリグナムにセレストはやんわりと首を振る。リグナムに植物の標本の 整理を手伝って欲しいと頼まれたのは数日前。午前中は騎士団の訓練があり、午後からはカナンの警護役としての勤めが ある身分であるセレストにリグナムがそのような頼みをするのは本来は異例のことだ。だが、リグナムはどうしてもとセレストに 願い出て、カナンも承諾したため、午後の2時間はリグナムの部屋で過ごすことになった。 「セレスト、この草は西の草原にも生えているだろう?」 「ええ。訓練で言ったときによく目にします。確か、煎じて飲むと、毒消しになるんでしたね」 リグナムは時折標本の植物をセレストに見せては解説をする。その標本は野に咲く植物ばかり。リグナムが丹精込めて、 育てている温室の植物たちではなかった。強いて言うのなら、薬草になるものばかり。 (リグナム様は一体……?) 主であるカナンに、とうへんぼくと言われているが、流石にそれに気づかないはずがない。 「リグナム様は薬草にもお詳しいのですね」 「植物学の一環だよ。それに薬草の知識はないよりもあったほうがいいだろう?」 「そうですね。演習とはいえ、西の草原はモンスターも出ますし。いざと言う時の薬草を調達するのには……」 セレストの言葉にリグナムは複雑そうに笑った。 「そうだな。本来は騎士であるセレストに薬師並みの知識を持てと言うのは筋違いだろうが……。いずれは必要になるだろう?」 「リグナム様?」 その言葉の意味するところを図りかねて、セレストは怪訝そうな顔をする。 「……セレスト。このルーキウス王国の創成期の話は知っているな?」 「ええ。ルーシャス様の冒険譚なら」 この国で育ったものなら、誰もが知っている物語。この国のものならば、誰もが知っている誰もがルーシャスとその仲間の 物語。 「ご先祖様は誰もが平和を当たり前のように感じる世界があることを願い、戦っていた。そして、この国を創られた。それを守る のは私たち王族の務めだ」 そこで、言葉を切って、リグナムは窓の外を眺める。 「私はその務めを誇りに思う。けれど、私たちの中には冒険者であるルーシャス様の血も確実に流れている」 「リグナム様……?」 「カナンはルーシャス様に似てるだろう?」 肖像画に描かれた国父のルーシャスの面影をそのまま写し取ったカナン。炎のダンジョンで、ロイが何も言わなくてもいい といったのはカナンがその面影を強く移していたからだと後でセレストは気づいた。 「リグナム様、それは……」 「何も言わなくてもいい」 セレストの言葉をやんわりとリグナムは笑顔で封じる。 「あれは自由な鳥だ。こんな小さな国で一生を終えることは可哀想だとは思う」 「私から、申し上げるのも恐れ多いことですが、カナン様は陛下も王妃様もリグナム様もリナリア様のことも大変愛しておられ ます。ですから……」 「それは知っているよ。だが、それとこれとは別だ。あれの中にはルーシャス様の血が強く受け継げられている。姿だけではなく、 冒険者としての血が……」 寂しそうに笑うリグナムにセレストはかけるべき言葉を探しては、喉の奥で飲み込む。 「だから、セレストに頼みたい……。兄としての我儘だろうけれど……。カナンの従者としてではなく、冒険のパートナーとして……」 その言葉にようやくセレストはリグナムの意図に気づく。標本の整理と言うのは単なる口実だ。いつか自分たちの下を飛び立つ であろう大切な弟の冒険に必要な知識の一部、薬草の知識をセレストに教えようとしているのだ。 「リグナム様、私がカナン様をお止めしようとは思わないのですか……」 「止めて聞くのなら、お前は苦労しないのだろう?」 「……」 揶揄するようなその言葉にセレストは絶句してしまう。どこか楽しそうに笑っているその様子は確かにカナンの兄、だ。 「どうせ、飛び出すのなら、一人で飛び出されるよりも信頼できる相手が側にいる方が私たちも安心だからね」 「……私が着いてゆくのは前提ですか?」 「カナンのパートナーなら、当然だろう?」 当然とばかりに告げるリグナムにセレストは頭を抱えたくなる。まさか、こんなところでリグナムとカナンが兄弟であることを実感 させられるとは思っていなかった。 「冗談は抜きにして。お前だから、頼めるのかもしれない、な……。カナンは私たちよりもお前に本音を見せるのだろうから……」 「……リグナム様」 寂しそうに笑うリグナムにセレストは今度こそかけるべき言葉を失った。 |
カナンの夢や能力を実はしっかりわかっている兄上が書きたくて、書きました。で、ごむたいな部分も。カナンは選ばせてくれますが、
兄上はセレストが着いてゆくのが当然だと思っているようです(笑)
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