どんぐりのお約束



 ころころと転がって、お池にはまるのはどんぐりのお約束。だが、時にはそのお約束にあてはまらない生き物もいるのだと
白鳳は思った。
「何を見ている」
「何をって、貴方をですけど……」
 泥だらけの姿でも気丈に白鳳を見上げるのは小さくても王子だからなのか。
「見下ろされるのは不愉快だ」
「むちゃを言わないでください。貴方が私の足元にいるんじゃないですか」
 不毛に等しい問答に白鳳の肩に乗っているスイはきゅるりーと困ったように声を上げる。
「……」
 流石に小さい子供相手に大人げない態度は信条に反する。まして、相手は10センチサイズなのだから。コンクールで顔を
合わせたこともあるので、知らない仲と言うわけでもない。
「仕方ないですね」
 ひょいとつまみあげて手の平に乗せてやる。
「こんなに汚して……。叱られますよ、坊ちゃん」
「坊ちゃんとは何だ。僕にはカナンという立派な名がある」
「坊ちゃんは坊ちゃんですよ。そういう口はせめて私くらいの大きさになってから言ってください」
「う〜」
 きっぱりと言い切られて、カナンは不機嫌そうな顔をする。白鳳は気にすることなくハンカチでカナンの汚れを拭い始めた。
「一体どうしたんですか? 家出なら面倒はごめんですよ」
 カナンも、彼をかいがいしく世話をしている人物も見知った顔ではあるが、そこまでの義理はない。
「もっとも、セレストの家出なら大歓迎ですけど」
 多少の修正はあるようだが、カナンに関しては意見を変える気はないようだ。
「こんならぶりーな僕を置いてセレストが家出をするわけがないだろう」
「……たいした自信ですね」
 苦笑しつつもカナンを拭きおえる。気分は保夫さんだ。
「で、どうしたんですか?」
「セレストがタコを作ってくれたんだ。すごく高く上がったんだ」
「はぁ……」
 この小さな王子に合わせた凧はどのようなミニサイズなのか。非常に気になる。手先は器用なのだな、と妙なところで感心も
する。
「セレストは仕事に行ってしまったから、僕一人だけど、風が強かったんだ……」
「それで凧を揚げようと……」
 今日はとても風が強い日で。ついでに言うと、前日の夜は土砂降りで結構な水溜まりが出来ている。
「水槽を出て、窓から外にでようとしたら、風に飛ばされてしまったんだ」
「……セレストが泣きますよ」
 身体が小さいと言うことはそれだけ軽いということで。風に飛ばされて、水溜まりに落ちてしまったのだろう。白鳳はそこに居
合わせてしまったというわけだ。
「おうちに帰らないとセレストが心労で倒れますよ?」
 困った顔は彼によく似合うけれど、神経を擦り減らさせるのは本意ではないし。
「送っていきますから。おうちの場所は?」
「う〜」
 困ったようにカナンは顔を歪ませる。
「きゅるりー?」
 心配げにスイがカナンの顔を覗き込もうとするが、顔を見られるのが嫌なのか、背けてばかり。
(迷子か……)
 風に飛ばされてしまったから方向がわからないのだろう。
「ま、迷子じゃないぞ! ダンジョンからなら、一人で帰れるんだからな!」
 それはまぁ本当のこと。だからといって、白鳳がひいてくれるかと言えば、話は別だ。
「とりあえず、私の使ってる宿に行きましょう。それからあなたのおうちかセレストを探しましょう」
「おい、僕の話を聞いていたのか?! ダンジョンまで送ってくれたら、一人で帰れるんだからな」
「そんな泥だらけで?」
「う……」
 ごむたいなちっちゃ王子も策士には敵わない時があるようだ。
「安心してください。坊ちゃんみたいな小さな子供に手を出すほど飢えてませんよ。ま、下心がないと言えば嘘になりますが」
「セレストは僕のだからな」
「はいはい」
 もっとも恩を売る気などはない。小さい王子の身を案じるであろうセレストが気の毒であったし、こんな小さな王子をここで
見捨てるとわずかながらに存在する良心が痛むだろう。
「とりあえずお風呂に入りましょうね」
「む〜」
 白鳳の肩にスイと仲良く座らせて一行は宿に向かった。
「とりあえず、これがタオルと石鹸です。スイ、坊ちゃんを見ててやっておいて」
「きゅるりー」
 いつもなら、セレストがお碗にお湯をいれてのお風呂だが、スイ用に使っているという器がお風呂がわり。石鹸は大きいものを
削り。タオルはミニタオルを小さく切った物。
「ふぅ……」
 泥だらけの顔や頭を洗うと気持ちがいい。だけど、何かがもの足りない。あひーるちゃんはいないし、湯加減をしきりに気にして
くれるセレストがいない。
「きゅるりー?」
 気に掛けてくれるのか、スイが声を掛けてくれるけれど。温かいはずのお風呂なのに、心だけは寒い気がした。
「はい、洗って乾かしましたから」
「すまないな……」
 妙に殊勝なのが気になる。スイに視線を向けると、やはり心配そうな顔。
「坊ちゃん、おなかはすきませんか?」
「?」
「昨日、スコーンを焼いたんですよ。食べていきませんか? 意外でしょうけど、得意なんですよ」
 おなかはとてもすいているけれど、食べたい気分ではなくて、カナンはゆっくりと首を振った。
「かえる……」
 知らない場所に自分だけ。セレストと一緒ならどんな場所も楽しいのに。一人だとぽっかりと胸に穴が空いてとても痛くて。
「坊ちゃん……」
「……」
 うつむいてしまって、返事もない。
(セレストが恋しいんでしょうね……)
 返事をしないのは涙をこらえるのに精一杯だからだろう。小さくても誇りだけは立派なものだ。
「送って行きますよ、坊ちゃん。スコーンはセレストと食べるといいですよ」
 優しく声をかけると、カナンはコクリ、と頷いた。

 カナンがここからなら一人で戻れるというひとりでダンジョン近くに来ると、必死の形相のセレストに出くわした。
「こんばんは」
「白鳳さん……。すみません、急ぎますので……」
 あやしいバイト(笑)先の客と偶然出会っても不思議ではないが、セレストには彼の相手をする余裕がなかった。
「わかってます。捜し物でしょう?」
「え……」
 白鳳が持っているバスケットから顔をのぞかせるのは彼の大切な小さな王子様。
「すみません、あなたの大事な人とはわかってましたが、ついお茶に付き合っていただいたんです」
 にっこりと柔らかな笑顔で白鳳はカナンをバスケットごとセレストに渡す。カナンは流石に神妙な顔になっている。
「あの、セレスト……」
「駄目ですよ、坊ちゃん。さっきまでの時間は二人だけの秘密です」
 だが、言いかけた言葉はにっこりと笑顔で口止めをされてしまう。
「白鳳さん、カナン様を連れてきてくれてありがとうございました」
「礼をいわれることじゃないんですよ。また、あのお店に行きますから、お相手をしてください。あと、スコーンは焼きすぎたんで
坊ちゃんと一緒にどうぞ」
「はは……」
 途端に引き攣るセレストの顔に何か不隠なものを感じてカナンは機嫌をそんなことなど気にすることなく白鳳はその場を後に
した。
「白鳳、すまなかったな……」
 カナンの言葉に白鳳は振り返って笑顔を見せると、そのまま歩き出した。
「セレスト、あのな……」
「凧が……」
「え?」
 何か言いかける前にセレストが話を遮りにかかる。
「窓の近くの木に引っ掛かってましたから、戻しておきました。置きっぱなしは感心しませんね。窓も開けっぱなしでしたし。取る
ものはありませんし、騎士団宿舎ですから泥棒の心配はありませんが、にゃんにゃんなどが入って来たら困りますし」
「ん……」
 本当はセレストも話(主にお説教)をしたいのだ。だが、それではカナンをかばってくれた白鳳の立場がなくなるから。だから、
敢えて言わないのだ、と。小さくてもそれくらいは理解できる。
「わかった。これからは気をつける……」
「はい」
 珍しくも殊勝な小さな王子の言葉にセレストは満足げに微笑んだ。


「まったく……」
「きゅるりー?」
「ああ、スイ。何でもないよ」
 宿への帰り道、白鳳が軽く微苦笑を浮かべる白鳳。だが、そこにはどこか楽しそうな色も混ざっている。
(ちゃんとお迎えが来る辺り。お約束なんですけどね……)
 まぁ、それはそれでいいことだとは思う。お約束はお約束で終わるのが一番だ。お池にはまったどんぐりにリスがお迎えに来た
ように、小さな王子には忠実な従者が。それが一番しっくり来る形。
「どじょうもこんな気持ちだったのかな……」
 そう呟いて、白鳳はくすくすと笑みをこぼした。


FIN




『どんぐりころころ』には3番の歌詞があるというのをラジオで聞いて、ネットで検索したところ、作者不詳で3番の歌詞が歌われているとか。
子リスがお山に連れて帰ってくれるのだそうです。ラストはそういう意味だったりします。白鳳がどじょうなのは「ぼっちゃん」を呼びかける
から……。
でも、この歌詞って、山に連れて帰ったら、どんぐりの坊ちゃん食われそう・・・。良かった、大きな王子でなくて。

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