Distance
小さい頃は躊躇らうことなく手をつなげた。手を伸ばせば、セレストはにっこりと優しい笑顔を見せてくれて。まめだらけの、けれど、騎士になりつつある手で僕の手をつないでくれた。 今はとうへんぼくすぎるから。悪目立ちすると、手なんて握ってくれない。イチャラブなんかはもってのほか。ただ、この手をつなぐだけのことなのに、距離がありすぎて。小さい頃の僕なら、そんな距離はなかったから。だから、城の倉庫でそれを見つけた時、躊躇することなく試すことにした。本当にただそれだけのことだったんだ。 「まったく……」 なのに、それを試してみたら、願いがかなうどころか、渋い顔しかしないセレストがいるだけ。ふてくされて足をぶらつかせたら、困ったように見下ろして来る。いつもより、遠い視線。僕が縮んだ分だけ遠くなった。 僕が倉庫で見つけたのは、一日だけ術者の時間を戻せるというもの。副作用もないらしい。ただし、効果は使用者のみ。セレストには魔法を使えない。だから、僕は僕自身にこの魔法をかけた。 結果は今の僕は8歳児ほどの姿。自分の姿を鏡で見ようとしたら、おやつを持って来たセレストが入って来て。危うく今日のおやつが床に落ちてしまうところだった。そして、今に至る。 「まったく……」 「溜め息をつくと、その分幸せが逃げるぞ」 「その原因がそれをいいますか」 困ったような顔。 「あの頃のカナンは可愛かったのに……。私の思い出を汚さないでください……」 「失礼な奴だな〜」 まるで、今の僕がひねくれてて可愛くないかのような言い方はどうかと思う。そりゃあ、男としては可愛いなんて言われても嬉しくはないけれど。それはそれで失礼すぎるではないか。 「とりあえず、明日には元に戻る。今日はおとなしくするんだから問題はないだろう?」 「だったら、最初から問題を起こさないでください」 「むぅ」 困らせたかったわけじゃない。ただ、昔みたいにその手をつなぎたかっただけなのに。この姿になれば、距離なんてなくなると思ったのに。これじゃますます遠ざかるみたいだ。 「リグナム様や陛下には申し上げますよ」 「お前がいない間の行動で、僕が悪いんだから、お前が悲壮な顔をする必要もあるまい?」 「しますよ。私はあなたの従者なんですから」 チクリと胸が痛む。察するにアーヴィングやアルネストに言われるんだろう。別にそのことに責任を感じての痛みというんじゃない。従者だから、そう言ったセレストが何だか突き放されるような感じだったからだ。いつもだったら、ちょっぷの一つでもしてやるのに、この体ではセレストの肩に届くのが精一杯だ。 「僕も行く」 「わかりました」 せめて、並んで歩いたなら、こんなもどかしい思いをしなくてもいいのかもしれない。そんなことを考えてしまったのに。廊下を歩き出したら、僕のそんな期待は微塵にも砕かれてしまった。 (は、早い……) コンパスの長さを考えても、僕とセレストには歩く速度が違う。いつも、並んで歩く時はセレストは僕のペースに合わせてくれる。だから、セレストにとってはいつものペースなのに、僕はついて行くのが精一杯で、情けないことに足がもつれそうになったりする。このままだと、本当に距離が開いて、置いて行かれそうで。それがひどく怖かった。 「待って!」 まるで子供のように叫んでしまっていた。(体は子供なわけだけど)僕の声にセレストは振り返って、慌てて駆け寄ってくる。 「も、申し訳ありません。つい、いつものペースで……」 セレストが悪いわけじゃないから、僕はただ首を振るしかない。けれど、これ以上距離ができることが怖くて、僕はセレストにしがみついた。 「カナン様?」 「この体になれば、昔みたいにお前の一番近くにいられると思ったのに、これじゃ逆だ……」 思わず呟いてしまった本音はセレストの耳にしっかりと届いていたようだ。困ったような溜め息が聞こえたような気がした。 「失礼します、カナン様」 「うわっ?!」 ふわりと体が浮いたかと思えば、僕はセレストに抱き上げられていた。 「ば、馬鹿! 悪目立ちするだろう?!」 いつもお前が言ってることを僕が言うだなんて。多分、混乱しているのだろう。 「子供を抱き上げているだろうと思われてますよ」 「やだ!」 子ども扱いされるのは嫌なのに、子供のようなわがままを言ってしまう。何て、矛盾した態度なんだろう。 「何でだろう……。ただ、僕は子供の姿になれば、お前にくっついてられると思ったのに……」 つい、ぽつりと言ったその言葉をセレストは聞き逃さない。至近距離にいるのだから、当たり前の話なんだけれども。 「私に、ですか……?」 「だって、お前、悪目立ちするとか言うし……。僕が子供の姿になれば、手をつないだりできると思っていたのに……。距離が広がったみたいだ……」 子供の時のように無邪気にお前に抱きつきたかったのだ。子供の姿だったら、それができると思っただけなのに。 「でも、こうしていると視点は近いでしょう?」 「セレスト?」 抱き上げられているから、確かに視点は近い。 「でも、こんなのは嫌だ……」 「距離が気になるとおっしゃったじゃないですか?」 「う〜」 何だって、こんなに余裕がある態度なんだと思う。けれど、何となくさっきまでのこわばった感情が解けて行くようだ。 「今の私も昔の私も変わりませんよ? 距離を感じてしまったのは、カナン様の時間が戻ったからでしょう?」 「え……」 「距離なんて最初からないんですよ、きっと。カナン様の時間が戻ったから、なかった距離ができたんですよ」 そういったセレストの言葉がストン、と心に落ちてきた。昔みたいに無邪気に抱きついたりはできない。けれど、僕たちは積み重ねた時間がある。距離は広がることはなかったまま? 優しく顔を覗き込んでくるその笑顔がとても嬉しい。僕はただ、セレストの方に顔をうずめるしかできなかった。 |
おさなカナン様ということなので、こういう話にしてみました。セレストが余裕があって、偽者臭くてすみません……。
<BACK>