ビターチョコレート



 こっそりと騎士団のセレストの部屋に忍び込んだカナンはテーブルの上に散乱しているものに目を奪われた。
ちなみに部屋の主であるセレストは風呂にでもいっているのか、不在のようだ。
「チョコレートか……」
 赤と緑と金のそれぞれの包み紙に包まれているのは、チョコレート。微かなカカオの匂いでわかった。
「珍しいな、甘いものはあまり好きじゃないはずなのに……。シェリルからの差し入れかな?」
 ひょいと緑の包み紙のものを手にとってみると、おもむろに包みをといて、チョコレートを口にいれてみた。
「ミルクチョコレートだ……」
 ミルクの風味とチョコの甘さが口に広がる。結構美味しかったりもするので、今度は金色の包みを手に取った。
「スイートチョコレートか……」
 上品な甘さが口に広がる。何だか嬉しい気分になって、カナンは紅い包みのチョコを手に取った。
 だが、口にいれた瞬間、カナンは酷く後悔することになった。
「苦……」
 口の中に広がるほろ苦さに思わず顔をしかめる。先ほどの二つがあまかったせいもあり、苦さが強調されて
いるようだ。
「う〜」
 勝手に食べているのだから、カナンが文句をいう筋合いはないのだが、何だか悔しくて、カナンは包み紙を
くしゃくしゃに丸めた。
「カナン様?!」
 パタンと部屋のドアが開いたと思ったら、困ったような顔をしたセレストが立っていた。
「また、お部屋を抜け出して、このようなところに……」
「大丈夫だ。見付からないように裏ルートで来たからな」
「まったく……」
 お説教に入ろうとしてもスルリ、とかわされてしまう。いつものことではあるが、セレストの気苦労は積み重ね
られて行く。
「それより、これは?」
 机の上のチョコレートを訪ねるカナンに対し、捨てられていない包み紙に気付いてセレストは微苦笑する。
「シェリルにもらったんですよ。チョコレートは疲労回復にいいから、と」
「ああ、疲れた時には甘いもの…と言うな」
 セレストの言葉にカナンもぽんと手を打って頷く。
「カナン様も味見されたからおわかりかと思いますが……。美味しいことは美味しいんですが、私には少し甘
すぎてより分けてたんですよ」
「甘いか? 苦いのもあったのに?」
 暗につまみ食いをしたことを指摘されていることに気付いていない。
「私はビターチョコレートの方が良いんですよ」
「むう」
 自分には苦くてたまらなかったのに、セレストはおいしいと感じている。何だか、年齢差を感じさせられている
気がして悔しい。
「口直しいたしますか?」
「そうだな」
「わかりました。では」
 何かお茶でも入れてくれるのかと思ったら、セレストはミルクチョコレートを手に取ると、口の中に放り込んだ。
「え……」
 戸惑う隙もなく、重ねられる唇。甘くておいしかったミルクチョコレートの味が伝わってくる。
「ん……」
「いかがですが?」
「む〜」
 おいしいけれど、こういう方法ではずるい気がする。
「おいしくなかったのでしたら、おいしいお茶でも用意しましょうか?」
 にっこりと確信犯の笑み。悔しいけれど、これ以上の口直しはない。
「でも、お前は甘かっただろう? だから、今度は僕が口直しをしてやる」
 そう言って、カナンはビターチョコレートを口に入れて。
「ありがとうございます」
 ありがたく、口直しをいただく従者の姿があったことはもちろんいうまでもないことだった。


ビターチョコレート、大好きです。ミルクチョコレート苦手です。…でも、スイートチョコレートは好き。何故だか、ミルクの方が甘く
感じるのです。そこから思いつきました。