BLUE



 セレストが怒った。僕とセレストが喧嘩をすることはめったにない。セレストは折れ方を知っているから。下手にこじれさせるよりは自分が折れて、僕にも反省を促すと言う形が多い。だから、僕たちが喧嘩をすることはめったにない。それは、よほどセレストが怒った時だけだ。
「なぁ、セレスト……」
「何ですか?」
 …取り付くこともできない。声の硬度からわかる。今回は僕が悪いのもわかっているけど。仲直りをしたいんだけど。今更、なんか、嫌だ。謝るだなんて。ちゃんと言えればいいはずなのに、その言葉が一番難しい。もどかしくてたまらない。距離があるようでない関係。
 でも、こうして怒ってくれるのは、嬉しいのかもしれない。喧嘩をできるくらいには対等になれているってことだろう? 僕は守られるだけの存在じゃない。お前のパートナーでいたいんだからな。
 …それはさしおいて、僕はどう切り出すか。それが問題だ。
 なんていうのだろう。これも駆け引きというのだろうか。こういうことを考えるのはそれとも、僕だけなんだろうか。そうだったら、何だか悔しい。セレストはこういう駆け引きは慣れているのかもしれない。けれど、僕は違う。
 コン。八つ当たり気味に椅子をけってみる。当然、すっきりするはずもない。
「……椅子に八つ当たりはおやめください」
 むぅ。読まれていたようだ。それはそれで悔しい。
「私が謝ればいいんですか? それで丸く収まるのなら、謝りますが」
 むぅ、そうきたか。けれど、それを望んでなどいないことを知っているはずなのに。これは僕に対する挑戦というやつだろうか。
「……そんなこと、僕が本気で望むとでも?」
「じゃあ、どうします?」
 まるで、僕を試すかのようにセレストはやんわりと問いかけてくる。……むぅ。こうなったら、僕が取れる手段は一つしかなくなる。
「……ごめんなさい。さっきのは僕の失言だった」
 …ああ、なんて嫌な言い方だろう。ちゃんと謝れなくて、セレストの目を見れなくて。うつむいたままだなんて。けれど、何だか恥ずかしくて。目を合わせられないまま、だ。
「よく言えました」
「!」
 子ども扱いされるような言い方にむっとして、顔を上げると、そこには笑顔のセレストがいて。そんなことで、いままでのことがどうでもよくなる自分が何だか悔しくなった。
「……ご褒美は?」
「え?」
「素直な恋人にはご褒美がないのか?」
 せめてもの意趣返しだ。僕が意図するところを気づいて、少しばかり顔を赤くしながらも、セレストの手は僕の頬を包み込んで。
「ご褒美です」
 やわらかく唇に振ってくるセレストの唇。素直になるのも悪くない、僕はそう学習した。


結局は痴話げんかじゃん。二人ってば。いいけどねぇ……。

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